きむらけんきむら けんは、本名木村健、地域研究者・郷土史家・作家。北沢川文化遺産保存の会の主幹として、世田谷区内、鉄道交点下北沢一帯と世田谷代田・代沢・北沢に埋もれている文化を発掘し記録する研究者である。 概要調査研究の成果は、『北沢川文学の小路物語』[1][2]。「下北沢文士町文化地図」、「下北沢鉄道X交点周辺文化地図」、「下北沢X惜別物語」、「安吾文学碑建立記念記録集」などを行政や企業の助成や協賛、そして市民からの寄金、これを得て発行している。なかんづくきむらけんが編集を手がけて発行したもので反響が大きかったのは『焼け遺ったまち 下北沢戦後アルバム』(2018、19年に懸けて2万部を発行)だ。これはオリバー・L・オースティン博士が下北沢の戦後をカラーで撮ったものを中心とし収めたものだ[3][4][5] また『世田谷区立代沢小学校』の「安吾文学碑」、また北沢川緑道に「代田の丘の61号鉄塔由来碑」、「横光利一文学顕彰碑」、「三好達治文学顕彰碑」の建立については主軸となって活動し、これらの建立が実を結んだものである。 「下北沢文士町文化地図」は2006年初版発行以来改訂を続けてきむらけんが編集人となって発行している。現在は改定8版が発行され、事務局の世田谷「邪宗門」を中心にして配布している。その総発行部数は七万五千に達した。「下北沢文士町」の命名は、当地のフィールドワークを重ねた上できむらけんが名づけた。この地図については行政も認めることとなり、世田谷区のホームページに下北沢文士町文化地図-世田谷区として掲出し市民に供用している。2022年度にはこの地図の姉妹版となる「三軒茶屋文士町文化地図」を世田谷ファンドの助成を受けて発行し、現在これも配布中だ。 またきむらけんがまとめたものとして社会事象としては反響の大きかった作品が二つある。
きむらのブログ「Web東京荏原都市物語資料館」にこれら上記の活動記録が掲載されている。 来歴1945年10月19日満州(現中国東北部)撫順生まれ。東京大学教育学部附属中等教育学校の国語科の教諭として勤めていた。「すべての教科すべての授業を、探究的・協働的な学びに」の旗印のもとで、国内初の高校生による探究学習を目指した卒業研究のプログラムデザインの基礎作りを進め、偏差値では測ることのできない学びの深さの実現を目指した。 著書
賞歴
脚注
外部リンク
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