アホ毛
あほ毛[1]/アホ毛(あほげ)とは、20世紀後期後半以降の日本における美容分野発祥の若者言葉で、原義たる美容用語としては、まとめ髪の表面からぴんぴんと跳ね出てきてしまう短い毛をいう[* 2][2](■右上段の1点目・2点目の画像を参照)。 また、原義から転じて、日本産の漫画系サブカルチャーの分野[* 3]では、誇張された表現として描かれる、頭髪から勢いよく跳ねるように飛び出している一束の毛[* 4]をいう(■右上段の3点目の画像を参照)。この意味での「アホ毛」は寝癖や癖毛によって理由付けされることもあるが、犬猫の尻尾のように自在に動かせて多彩な表情を生み出せる感情表現用の小道具になっていることまである。 英語では、日本語第1義の対訳語として "cowlick[3]"(cf. en,wikt:en) や "frizz[3][2][4]"(cf. wikt:en) がある。一方、日本語第2義は独特の概念であるため、外国語に対訳語は見当たらず、そのまま "ahoge" を用いることが多いと思われる[* 5]。ただ、英語では "frizz" で対訳する場合がある[4]。 名称日本語「あほ毛」は、「阿呆(あほう)」の転訛形である「あほ」と、「毛(け)」を連結させた合成語(複合語)である[ ja: aho (あほ;阿呆) + -ge (げ;毛) ]。日本語で「阿呆毛」と漢字表記する例は、無いと言って差し支えないほどに見当たらない。美容業界での表記は、基本的には「あほ毛」で、「アホ毛」も用いる(表記揺れの範疇)。一方、漫画系サブカルチャー分野での表記は、ほぼ例外なく「アホ毛」が用いられている。 中国語では、「呆毛[5](拼音:dāimáo〈日本語音写例:タァイマァォ〉)」「笨毛」「笨蛋毛」「阿呆毛」などと呼ばれる。 英語名については、定義で触れたとおり。補足するならば、Urban Dictionary(米国のクラウドソーシングオンライン辞書サイト)において、記録の保持されている2012年7月以降現在まで、"ahoge" というワードは盛んに検索されている[6]。 歴史美容業界用語としての「あほ毛」は、1970年代(昭和45~54年)もしくは1980年代(昭和55年~昭和64年/平成元年)に既に存在していたとされる[2]。少なくとも、1990年代(平成2~11年)には関西地方の若者言葉として広まっていたことが、書籍などで確認できる[2]。2003年(平成15年)頃には、関東地方でも一般的な若者言葉として広く認知されていることが確認されている[2]。 漫画系サブカルチャー分野[* 3]における、用語「アホ毛」(※この分野ではカタカナ表記が一般的)の正確な初出は不明であるが、商業漫画では、山田南平『久美子 & 慎吾』シリーズ(白泉社の少女漫画雑誌『花とゆめ』1990年20号からシリーズ連載が開始)の4作目『STEP UP』119ページにてヒロイン久美子の頭の1本毛を初めて「アホ毛」と呼称した。 また、批評家で小説家の東浩紀は、自著『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』(2001年刊)の中で、自身の観察において、「触角のように跳ねた髪」は1990年代半ばのノベルゲーム『痕』で現れたことから一般化していったとしている[7]。同ゲームのキャラクター・柏木初音の「触角のように跳ねた髪」はアホ毛そのものであり、同作が発売された1996年(平成8年)当時から(「アホ毛」という名称ではないものの)このような表現が見られたことを示している。しかし他方、ゲーム雑誌『ドリマガ』の編集部は、増刊『RASPBERRY』Vol.17の誌上で、アホ毛の最初の由来はアダルトゲーム・ブランド「Studio e.go!」(1998年〈平成10年〉5月22日創設)のマスコット「デボスズメ」であるとしており、東浩紀の説と相剋している。 年表単語の発生前
単語の発生後
キャラクター造形におけるアホ毛漫画系サブカルチャー分野[* 3]における「あほ毛」は、毛髪1本だけではなく、細い髪房として表現されることが多い。「あほ毛」という言葉が一般化する以前は「触角」もしくは「アンテナ」と呼ばれていた。「触角」と呼ぶ場合、1〜3本程度の束が飛び出しているものを指し[10]、このように、現在では「あほ毛」はそのキャラクターの外観を構成する設定上の要素となっている(つまり、常時アホ毛を有するキャラクターとして設定されている)ことが多い。また、萌えの対象ともなっている[7]。 ただし磯野波平(『サザエさん』)のように、禿頭で頭頂部から1本毛が生えているだけの場合も、一部ではアホ毛と呼ばれる。しかし、一般的にはアホ毛はあくまでも他にも多数の毛髪が頭頂部に存在している場合に、それにもかかわらず他の髪の毛から飛び出しているものに対する名称である。また、『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎の妖怪アンテナ(妖気計算髪)はアンテナであってもアホ毛とは呼ばれない。アホ毛はあくまでも、無意識に存在するか、あるいは後述のように心象描写のためのものである。 日本の少女漫画の嚆矢である手塚治虫『リボンの騎士』の主人公サファイアの男装バージョン、また、後年の『ふしぎなメルモ』の主人公メルモでは、髪を跳ねさせることによるキャラクター造形を見られる。「あほ毛」という呼称そのものは比較的新しいが、キャラクターの造形法としての歴史は古く、ベティ・ブープからキューピーまで遡ることができる。しかし、日本の漫画系サブカルチャー分野では、その黎明期において、今日「あほ毛」と見なされる髪形のキャラクターは男性キャラクターにこそ多く見られるものであった。上述のサファイア王子(男装時のサファイア王女)にしても、アホ毛のあるそれは男としての身なりであり造形であった。日本のこの分野において、女性キャラクターのほうにアホ毛を具える者が多くなるのは、遥かのちのことである。 アメリカン・コミックス(アメコミ)の世界においては、男性の「アホ毛」に当たる造形は古くからその存在が確認されている。たとえば、古典アメコミの代表格である『スーパーマン』では、主人公スーパーマンの前髪一束が小さく跳ねるように描かれており、それ自身が彼のトレードマークとなっている。 外見的特徴としてだけでなく、アホ毛自体に特殊な能力を持たせる例や、感情や表情の変化に応じてアホ毛の形状が変化する例もある(なお、後者のケースにおける最初のキャラはマブラヴの鑑純夏。(ニコニコ生放送で告白している)他の例は『すぱすぱ』など)。跳ねた髪の房に特殊な能力を持たせる例は前述の水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公・鬼太郎の「妖怪アンテナ」(妖気を感じると髪の毛が一房棘のように逆立つ)の表現に原型を見ることができる。さらに遡ればA・E・ヴァン・ヴォークトのSF小説『スラン』の触毛スランにも見られる。里見桂のマンガ『なんか妖かい!?』のヒロイン・ミルは、鬼太郎と同じ「妖怪(妖気)アンテナ」を持っている(同作へのオマージュである)。これを切ってしまうと能力が発揮できなくなるなどの描写もある。雑誌連載は1982年からであり、女性キャラクターの例としては最初期に属する。TVアニメ『スイートプリキュア♪』では主要登場人物のキュアビートが、第23話で決め台詞とともに自身のアホ毛を楽器の弦の如く爪弾き、アホ毛からギターの音色が流れ、ギターを使うキャラとして印象を高めるシーンが登場した。 アホ毛の認識度や知名度の上昇に伴い、アホ毛がキャラクターを語る上で重大な意味を持ったり、アホ毛そのものがキャラクター性を帯びたりする例も見られるようになってきた。『ぱにぽに』のヒロインの一人・姫子のアホ毛は、取り外し可能であったり、精神波や電波や虫の知らせを受信できたり、アホ毛そのものに人格が存在したり、寄生虫のごとく姫子を乗っ取ろうとしたりする。また『Fate/hollow ataraxia』においては、ヒロインの一人・セイバーのアホ毛を他者が触れることで、彼女の別人格である黒セイバー(セイバー・オルタ)が現れ、人格のみならず服装も瞬時に変貌する。さらに『トップをねらえ2!』では、主人公がアホ毛を用いて数億体ものバスター軍団を指揮するなど、大掛かりなギミックが登場している。 脚注注釈
出典
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