オフィスチェアオフィスチェア(英: office chair)は、事務作業用に設計・製作された椅子。その特徴は、使用者の体格差や姿勢変化に対応するため様々な可動機構を設けた「動く椅子」という点にある[1]。 オフィスチェアは多くの場合購入者と使用者が異なり、かつ不特定多数で使い回すことが多いため[2]、まず体格の個人差に対応する機能が求められる[3]。またいかに正しい姿勢であろうと同じ姿勢を長時間保持することは身体的ストレスとなるため、着座姿勢を適時変えることは不可欠であり、そうした姿勢変化に対応する機能も求められる[4]。 構造座位姿勢は脊柱の自然なカーブを歪めるため、長時間座り続けても全く疲れない椅子というのは決してあり得ないが[5]、オフィスチェアは以下にあるような各種の工夫により、長時間の着座でも疲れにくいよう工夫されている[6]。 座面座面は柔らか過ぎると姿勢が安定せず疲れやすくなり、硬すぎると圧迫感・不快感でやはり疲れやすくなる[7]。その点で座面のクッションは座り心地に直結し、また経年によるヘタリを避けるため、ウレタンがよく用いられる[8]。座面にクッションでなく、弾性ポリエステルのネット素材を用いる場合もある[8]。座面は体形の丸みに合わせた形状よりフラットの方が姿勢を変えやすく鬱血しにくいが、膝に近い方は若干丸みを持たせると血流を保ちやすい[7]。 可動機構としては次のようなものがある。
背もたれ背もたれは着座時の上体を正しい姿勢に近づける点で疲労軽減に効果があり[3]、角度は水平面に対し100 - 110度が推奨されている[4]。腰椎のカーブを保持するためランバーサポートと呼ばれるふくらみを備えたり[4]、大きく後傾した時に後頭部を支えられるよう上端からヘッドレストを伸ばしたものもある[12]。 可動機構としては次のようなものがある。
ひじ掛け両腕の重さは全体重の 1/6 にもなるため、ひじ掛けは両肩の負担を軽くし[14]、臀部や大腿部の圧迫も多少減らせる点で効果的であり[7]、立ち上がる時の補助具にもなる[15]。上腕を自然に垂らして肘が肘板に接する程度の高さが適切であり[7]、肘板の高さ、幅、角度などを変えて調整できるようにした、アジャスタブル肘を持つものもある[15]。 ひじ掛け付きの椅子は職位の高いものに限るというように、ひじ掛けは権威の象徴とされることもある[15]。 キャスター脚の先端に付いた車輪(キャスター)によって、体の動きに合わせて椅子が水平移動するため、腰をはじめとした体の各所の負担を減らすことができる[14]。車輪の数を5個とすることで、任意の方向へのスムーズな移動を可能にしている[7]。 車輪の材質として、ナイロン製の双輪ハードキャスターと、ゴム製のソフトキャスターがあり、前者はカーペットのような柔らかい床に、後者はタイルのような硬い床に適している[14][6]。着座時には動き、離席時にはブレーキがかかる機構を持つブレーキキャスターは、地震時などに安全である[14]。 連動機構座面を動かさない単純なリクライニングは、背もたれ点にずれを生じさせて姿勢が不自然になる[14]。これを解決するため、座面と背もたれが連動するようにした機構がある。
歴史19世紀以前古来、民間の事務作業の多くは親方が片手間に行なうような個人レベルの営為であり、事務で使う什器も日常用途との兼用が普通だったが[17]、産業革命によるビジネスの大規模化は生産管理・在庫管理・販売管理といった込み入った事務作業を大量に生み出し、オフィスワークの専業化を促して、18世紀には事務用にあつらえられた机や椅子が見られるようになった[18]。 機能面で現在のオフィスチェアの嚆矢といえるものは1850年代の米国で見られる。一つは発明家のトーマス・E・ウォーレンが製作し1851年のロンドン万博に出品したセントリペタル・スプリング・アームチェアで、鋳鉄のフレームにベルベットのクッションを備え、座面をあらゆる方向へ傾けたり回転させることができた[19]。しかしあまりに座り心地が良かったため、ふしだらで怪しからんと評判は良くなかった[19]。もう一つは発明家のピーター・テン・アイクが1853年に特許出願したもので、これは座面を水平回転できるロッキングチェアとでもいうべきものだった[20]。しかしあくまで家庭で寛ぐため発案・製作されたものであり、事務用に使われることはなかった[20]。 椅子の脚先にキャスターを付けて移動できるようにするというアイデアは、ダーウィンが書斎で標本を取りやすいよう考え出したと言われている[21]。
20世紀19世紀末から20世紀初頭にかけてのタイプライターの普及は欧米のオフィスワークに変革をもたらしたが、タイピストのように一日中机に向かうような職種の出現は、長時間の座り仕事でも疲れないような椅子の構造や材質への関心を高めた[22]。 20世紀前半において、正しい座位姿勢とは足首・膝・股関節を各々90°にし上体を直立させた状態とされ、オフィスチェアもそれを踏襲して設計されていたが[23]、20世紀半ばになるとその伝統的姿勢は骨盤の後傾につながり椎間板ヘルニアと腰痛の原因になり得ると分かり、大腿を前傾させるか体幹を後傾させて腰椎と腰部椎間板の負荷を軽減させる椅子の研究が進んだ[24]。また1972年にスイスのジロフレックスが販売した「ポリトロープ」は、人間工学者との共同研究により三次元構造のクッション材を初めて導入し、現在に至る多くのオフィスチェアのフォルムに影響を残した[10]。 1980年代に本格化し始めた OA 化の波は、オフィスチェア設計にも変革をもたらした[10]。すなわち水平の机を見下ろすのでなく垂直のディスプレイを見上げるようになったことで、作業姿勢が前傾姿勢中心から中立姿勢・後傾姿勢中心に大きく変わったのである[25]。オフィスチェア設計の関心は「正しい座位姿勢とは何か」から「いかに椅子を動かして姿勢変化をサポートするか」に移り[26]、VDT 作業に順応できるよう[25]、人体の構造や動作の特性に基づいてより複雑でダイナミックな動きをするオフィスチェアが登場し始めた[26]。特に1980年にドイツのウィルクハーンが販売した「FSライン」は姿勢変化に応じて座面と背もたれを適正に連動させるシンクロメカニズムを初めて実現させ、その後のオフィスチェア設計の潮流を方向づけた[16]。
脚注
参考文献
関連項目
外部リンク |