カーン
カーン(Caen [kɑ̃] ( 音声ファイル))は、フランスの北西部に位置する都市で、カルヴァドス県の県庁所在地である。カンとも表記される。 概要フランスを代表する城下町の一つ。2021年現在の人口は10万8200人、面積は26km2。カーン都市圏は21万人の人口を有する。 第二次世界大戦の終盤、ノルマンディー上陸作戦の後、ドイツ軍と英連邦軍によりカーン周辺は2カ月近くにわたって激戦地(カーンの戦い)となり、街も連合軍によるドイツ軍を狙った空襲(しかし駐留していた第12SS装甲師団は街を出ており、フランスの民間人だけが多数犠牲となった)により聖堂と病院を残し灰燼に帰した。カナダ軍とイギリス軍がカーンを確保したのは1944年7月9日である。街の再建には14年間(1948年 - 1962年)が費やされた。 歴史的遺産カーンはローマ時代には'Catumagos',として知られており、ゴール語でmagosは野原、 catuは戦いを意味する。 ローマ時代を通して小さな入植地のままであったが、10世紀にはノルマンディー公の支援のもとで大きな発展をみた。 カーンは中世からの歴史を持ち、ノルマンディー公兼イングランド王ウィリアム1世の建てた城、修道院、教会などの歴史的建造物で知られる。1060年頃に建てられたカーン城は、西ヨーロッパでも最大級の中世城砦である。 またウィリアム1世は王妃マティルダとの結婚を改悛するため、街に2つの修道院を建設させた。1063年に完成された男子修道院は聖エティエンヌ(ステファノ)に、1060年に完成された女子修道院は聖ジルに献堂された。両修道院は後に廃止され、建物は現在はそれぞれ、市庁舎と地域圏議会議事堂として使用されている。 第二次世界大戦の犠牲者への記念として、平和記念碑(Mémorial pour la Paix)が建てられている。 教育カーン大学は1432年、イングランド王兼フランス王ヘンリー6世の叔父でフランス摂政ベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターにより創立された。1438年には既に5つの学部を備えていた大学の設立は、1452年にはフランス王シャルル7世によっても正式に追認された。1944年に空襲により破壊された後、1948年より再建が開始され、1957年に新校舎が落成した。 交通都市交通はバスとゴムタイヤトラム(2002年に導入、TVR方式)が主力。しかし、同一のシステムを導入したナンシーに於けるシステム上の走行トラブルや事故、法的問題の頻発を鑑み、鉄軌道方式のLRTに転換する方針が定められ、2017年にそれまでのゴムタイヤトラムを廃止し、2019年開業の鉄軌道方式のLRT「トラムウェイ・カーン」に転換した。 関係者出身者
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