シクロプロパン (cyclopropane)は、分子式 C3 H6 を持つシクロアルカン 分子 である。3つの炭素 原子 が互いにつながり環を形成し、それぞれの炭素原子が2つの水素原子と結合することで、D3h 分子対称性 を持つ。シクロプロパンおよびプロペン は同じ分子式 を持つが異なる構造を持つ構造異性体 である。
融点 −127 ℃ 、沸点 −33 ℃、CAS登録番号 は [75-19-4]。常温で無色の気体で 4–6 気圧に加圧すると液化する。常温で2.7倍の体積の水 に溶解し、エタノール 、アセトン に可溶である。
シクロプロパンは吸引すると麻酔 作用を示す。現代では、通常条件下でのその極めて高い反応性のために、その他の麻酔薬に取って代わられている。シクロプロパンガスが酸素と混合すると、爆発の危険性が高い。
歴史
シクロプロパンは1881年にアウグスト・フロイント によって発見された。フロイントはまた最初の論文で、この新規物質の正しい構造を提唱した[ 2] 。フロイントは1,3-ジブロモプロパン をナトリウム で処理し、分子内ウルツ反応 によって直接シクロプロパンに導いた[ 3] [ 2] 。この反応の収率は、ナトリウムの代わりに亜鉛 を使用することで1887年にグスタフソンによって改善された[ 4] 。シクロプロパンはヘンダーソンとルーカスが1929年に麻酔作用を発見するまでは商業的な応用はされなかった[ 5] 。工業的生産は1936年に始まった[ 6] 。
麻酔
シクロプロパンは、アメリカの麻酔医ラルフ・ウォーターズ によって臨床用途に導入された。ウォーターズは、この高価であった薬剤を節約するために炭酸ガス 吸収の閉鎖系呼吸回路 を使用した。シクロプロパンは比較的強く、刺激性のない、甘い臭いのする薬剤であり、最小肺胞内濃度 は17.5 % [ 7] 、血液/ガス分配係数 は0.55である。これは、シクロプロパンと酸素の吸引による麻酔の導入 が素早く、不快でないことを意味する。しかしながら、持続的麻酔の結果、患者は血圧の突然の低下を起こすことがあり、不整脈 を起こす危険性がある。この反応は「シクロプロパンショック」と呼ばれている[ 8] 。この理由と、高い費用と爆発性から[ 9] 、現在のようにほぼ使用されなくなる前は、麻酔の導入 にのみ使用されていた。ボンベ と流量計はオレンジ色である。
薬理学
シクロプロパンはGABAA 受容体 およびグリシン受容体 に対して不活性であり、代わりにNMDA受容体アンタゴニスト として作用する[ 10] [ 11] 。また、AMPA受容体 とニコチン性アセチルコリン受容体 を阻害し、特定のK2P チャネル を活性化する[ 12] [ 10] [ 11] 。
構造および結合
シクロプロパンの曲がった結合モデルにおける軌道の重なり
シクロプロパンの三角形構造は、炭素-炭素結合間の結合角 が60° であることを必要とする。これは熱力学的に最も安定な109.5°(sp3 混成軌道 を持つ原子間の角度)から離れており、著しい環ひずみ をもたらす。また、シクロプロパン分子は水素原子の重なり形配座 によってねじれひずみをも持つ。このように、炭素原子間の結合は典型的なアルカン よりもかなり弱く、これによって反応性が高くなっている。
炭素中心間の結合は、一般的に曲がった結合 の観点から描写されている[ 13] 。このモデルでは、炭素-炭素結合は「軌道間角」が104°となるように外側に曲がっている。これは結合のひずみの度合いを低下させ、C-C結合が通常よりもp性を持つように[ 14] (同時に炭素-水素結合はよりs性が高まる)炭素原子のsp3 混成を理論的にはsp5 混成(すなわちs軌道の電子密度1/6とp軌道の電子密度5/6)へと変形させる[ 15] [ 16] ことによって達成される。曲がった結合によってもたらされる独特の結果の一つは、シクロプロパンのC-C結合が通常よりも弱いのに対して、炭素原子は普通のアルカンの結合よりも互いに接近していることである(シクロプロパンでは151 pm 、通常のアルカンは153 pm)[ 17] 。
シクロプロパン中の結合を説明する代替モデルはウォルシュダイアグラム を含み、分光学的証拠と群対称性を考慮して、分子軌道理論 に合ったよりよい説明を目指している。このモデルでは、シクロプロパンはメチレンカルベン の3中心結合 した軌道の組合せとして描写される。
シクロプロパンの3つのC-C σ結合の6個の電子の環状非局在化は、シクロブタンと比較して相対的に低いシクロプロパンのひずみエネルギー("わずか" 27.6 kcal mol−1 と26.2 kcal mol−1 。シクロヘキサンを基準Estr = 0 kcal mol−1 とする[ 18] )の説明としてマイケル・J・S・デュワー によって与えられた。原型的な芳香族性の例であるベンゼン 中の6π電子の環状非局在化と比較して、この安定化はσ-芳香族性と呼ばれる[ 19] [ 20] 。シクロプロパンにおける反磁性 環電流 の仮定は、NMRスペクトルにおけるプロトンの遮蔽や、異常な磁気的性質(高い反磁性磁化率、磁化率の高い異方性)と一致する。σ-芳香族性によるシクロプロパンの安定化に関するより最近の研究では、11.3 kcal mol−1 の安定化がこの効果によるものとされている[ 21] 。
合成
シクロプロパンは、ウルツ反応 によって初めて合成された[ 3] 。
(
CH
2
)
3
Br
2
+
2
Na
⟶
(
CH
2
)
3
+
2
NaBr
{\displaystyle {\ce {(CH2)3Br2\ + 2 Na -> (CH2)3\ + 2NaBr}}}
シクロプロパン化
シクロプロパン環は、膨大な数の生体分子 や医薬品 に含まれている。このため、シクロプロパン環の形成(一般的にシクロプロパン化 と呼ばれる)は化学研究における活発な分野である。
反応
C-C結合のπ性が増大したことによって、シクロプロパンは特定の場合にアルケンのように反応する。例えば、無機酸 によってヒドロハロゲン化 を受け、鎖状ハロゲン化アルキルを与える。置換シクロプロパン類もまた、マルコフニコフ則 に従って反応する[ 22] 。
安全性
シクロプロパンは引火性が高い。しかしながら、そのひずみエネルギーにもかかわらず、その他のアルカン よりもそれ程爆発性は高くない。
脚注
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関連項目
外部リンク