ジェネリックプログラミング
ジェネリック(総称あるいは汎用)プログラミング(英: generic programming)は、具体的なデータ型に直接依存しない、抽象的かつ汎用的なコード記述を可能にするコンピュータプログラミング手法である。 概要ジェネリックプログラミングはデータ型でコードをインスタンス化するのか、あるいはデータ型をパラメータとして渡すかということにかかわらず、同じソースコードを利用できる[1]。ジェネリックプログラミングは言語により異なる形で実装されている。ジェネリックプログラミングの機能は1970年代にCLUやAdaのような言語に搭載され、次にBETA、C++、D、Eiffel、Java、その後DECのTrellis/Owl言語などの数多くのオブジェクトベース (object-based) およびオブジェクト指向 (object-oriented) 言語に採用された。 1995年の書籍デザインパターン[要文献特定詳細情報]の共著者[誰?]は(Ada、Eiffel、Java、C#の)ジェネリクスや、(C++の)テンプレートとしても知られるパラメータ化された型 (parameterized types) としてジェネリクスについて触れている。これらは、型を指定することなく、型を定義できるようにする(型は使用する時点で引数として与えられる)。このテクニック(特にデリゲーションを組み合わせるとき)は非常に強力である。 特徴ジェネリックプログラミングの特徴は、型を抽象化してコードの再利用性を向上させつつ、静的型付け言語の持つ型安全性を維持できることである。 ジェネリックプログラミングを用いない場合、例えば伝統的なC言語やPascalのような従来の静的型付け言語において、ソートなどのアルゴリズムや連結リストのようなデータ構造(オブジェクトのコンテナ)を記述する際は、たとえ対象となる要素のデータ型が異なるだけで事実上同一のコードであったとしても、具体的なデータ型ごとにそれぞれ実装しなければならない。整数型のリスト、倍精度浮動小数点数型のリスト、文字列型のリスト、ユーザー定義構造体のリスト、……といった具合である。もしジェネリックプログラミングをサポートしない言語で汎用的なコードを記述して再利用しようと思えば、メモリ空間効率や型安全性などを犠牲にしなければならなくなる(共用体や汎用ポインタ型とキャストを駆使するなど)。一方、C++の関数テンプレートやクラステンプレートのように、ジェネリックプログラミングを用いることで、抽象化された型について一度だけ記述したアルゴリズムやデータ構造をさまざまな具象データ型に適用して、コードを型安全に再利用できるようになる。これがジェネリックプログラミングの利点の一例として挙げられる。 以下にC++の例を示す。 template<typename T>
class LinkedList {
public:
// 双方向連結リストのノード。
class Node {
friend class LinkedList;
public:
T value;
private:
Node* prev;
Node* next;
private:
Node() : value(), prev(), next() {}
explicit Node(const T& value, Node* prev = NULL, Node* next = NULL) : value(value), prev(prev), next(next) {}
~Node() {}
public:
Node* getPrev() { return this->prev; }
Node* getNext() { return this->next; }
};
private:
Node dummy;
public:
LinkedList() : dummy() {
this->dummy.prev = &this->dummy;
this->dummy.next = &this->dummy;
}
~LinkedList() { this->clear(); }
size_t getSize() const { /* ... */ }
Node* getHead() { return this->dummy.next; }
Node* getTail() { return this->dummy.prev; }
Node* getSentinel() { return &this->dummy; }
static Node* insertBefore(Node* node, const T& value) {
assert(node);
assert(node->prev);
Node* temp = new Node(value, node->prev, node);
node->prev->next = temp;
node->prev = temp;
return temp;
}
static Node* insertAfter(Node* node, const T& value) {
assert(node);
assert(node->next);
Node* temp = new Node(value, node, node->next);
node->next->prev = temp;
node->next = temp;
return temp;
}
static void remove(Node*& node) {
assert(node);
if (node->prev) { node->prev->next = node->next; }
if (node->next) { node->next->prev = node->prev; }
delete node;
node = NULL;
}
void clear() {
for (Node* current = this->getHead(); current != this->getSentinel(); ) {
Node* temp = current;
current = current->next;
delete temp;
}
this->dummy.prev = &this->dummy;
this->dummy.next = &this->dummy;
}
};
LinkedList<int> list_of_integers;
LinkedList<Animal> list_of_animals;
LinkedList<Car> list_of_cars;
上記は要素型を オブジェクト指向プログラミング言語は、サブタイプ(派生型)でスーパータイプ(基底型)の振る舞い(アルゴリズム)をオーバーライドすることによる動的なポリモーフィズム(多態性)を備えており、動的な多態性もまたスーパータイプによる抽象化とサブタイプによる具象化[2]を実現するものだが、ジェネリクスは静的な多態性による抽象化と具象化を実現するという点で設計を異にする。 ジェネリックプログラミングのもう一つの応用例として、型に依存しないスワップ関数の例を示す。 template<typename T>
void Swap(T& a, T& b) // "&"により参照としてパラメーターを渡している。
{
T temp = b;
b = a;
a = temp;
}
using namespace std;
string s1 = "world!", s2 = "Hello, ";
Swap(s1, s2);
cout << s1 << s2 << endl; // 出力は"Hello, world!"
上記の例で使用したC++の C# 2.0、Visual Basic .NET 2005 (VB 8.0) では、Microsoft .NET Framework 2.0がサポートするジェネリクスを利用するための構文が追加された。MLファミリーはパラメータ多相 (parametric polymorphism) とファンクタと呼ばれるジェネリックモジュールを利用してのジェネリックプログラミングを推奨する。Haskellのタイプクラスのメカニズムもまたジェネリックプログラミングに対応する。 Objective-Cにあるような動的型付けを使い、必要に応じて注意深くコーディング規約を守れば[要説明]、ジェネリックプログラミングの技術を使う必要がなくなる。全てのオブジェクトを包括する汎用型があるためである。Javaもまたそうであるが、キャストが必要なので静的な型付けの統一性を乱してしまう。例えば、ジェネリクスをサポートしていなかった時代のJavaでは、 AdaのジェネリクスAdaには1977年-1980年の設計当初から汎用体 (generics) が存在する。標準ライブラリでも多くのサービスを実装するために汎用体を用いている。Ada2005では1998年に規格化されたC++のStandard Template Library (STL) の影響を受けた広範な汎用コンテナが標準ライブラリとして追加された。 汎用体 (generic unit) とは、0または複数の汎用体仮パラメータ (generic formal parameters) を採るプログラム単位(パッケージまたは副プログラム)である。 汎用体仮パラメータとしては、オブジェクト(変数・定数)、データ型、副プログラム、パッケージ,さらには他の汎用体のインスタンスさえ指定することができる。汎用体仮パラメータのデータ型としては、離散 (discrete) 型、浮動小数点数型、固定小数点数型、アクセス(ポインタ)型などを用いることができる。 汎用体をインスタンス化する際、プログラマは全ての仮パラメータに対応する実パラメータを指定する必要があるが、プログラマが明示的に全ての実パラメータを指定しなくても済むよう,仮パラメータにはデフォルトを指定することもできる。インスタンス化してしまえば,汎用体のインスタンスは、汎用体ではない通常のプログラム単位であるかのように振舞う。インスタンス化は実行時、例えばループの中などで行うことも可能である。 Adaの例汎用体パッケージの仕様部 generic
Max_Size : Natural; -- 汎用体仮オブジェクトの例
type Element_Type is private; -- 汎用体仮データ型の例; この例では制限型でなければ任意のデータ型が該当
package Stacks is
type Size_Type is range 0 .. Max_Size;
type Stack is limited private;
procedure Create (S : out Stack;
Initial_Size : in Size_Type := Max_Size);
procedure Push (Into : in out Stack; Element : in Element_Type);
procedure Pop (From : in out Stack; Element : out Element_Type);
Overflow : exception;
Underflow : exception;
private
subtype Index_Type is Size_Type range 1 .. Max_Size;
type Vector is array (Index_Type range <>) of Element_Type;
type Stack (Allocated_Size : Size_Type := 0) is record
Top : Index_Type;
Storage : Vector (1 .. Allocated_Size);
end record;
end Stacks;
汎用体パッケージのインスタンス化 type Bookmark_Type is new Natural;
-- 編集中のテキストドキュメント内の場所を記録する
package Bookmark_Stacks is new Stacks (Max_Size => 20,
Element_Type => Bookmark_Type);
-- ドキュメント中の記録された場所にユーザがジャンプできるようにする
汎用体パッケージインスタンスの利用 type Document_Type is record
Contents : Ada.Strings.Unbounded.Unbounded_String;
Bookmarks : Bookmark_Stacks.Stack;
end record;
procedure Edit (Document_Name : in String) is
Document : Document_Type;
begin
-- ブックマークのスタックを初期化
Bookmark_Stacks.Create (S => Document.Bookmarks, Initial_Size => 10);
-- この時点でDocument_Nameファイルを開いたり、読み込んだりが可能
end Edit;
利点と制限Adaの言語構文では、汎用体仮パラメータとして何を許容するか、精密に制約条件を課することができる。例えば実パラメータとしてはモジュラー型(任意の上限で巡回する符号なし整数型)のみを許容するように、仮パラメータとして指定することも可能である。さらには汎用体仮パラメータ間に一定の制約があるように規制することも可能である。例えば、 generic
type Index_Type is (<>); -- 離散型(discrete type)のみを許容
type Element_Type is private; -- 制限型(limited type)以外の任意データ型
type Array_Type is array (Index_Type range <>) of Element_Type;
この例でArray_Typeには、Element_Typeに対応する特定のデータ型を要素とし、Index_Typeに対応する特定の離散型の部分型を添字とする配列型でなければならないという制約を課している。プログラマがこの汎用体をインスタンス化する際には、同制約を満足する配列型を実パラメタとして渡さなければならない。 構文の複雑さに難はあるものの、精密な制約が表現できることで、汎用体仮パラメータの全ては仕様部として完全に定義される。このため、コンパイラは汎用体本体がなくても汎用体をインスタンス化することができる(もちろん本体がないとリンクはできない)。 C++と異なってAdaでは暗黙的な特化による汎用体のインスタンス化を許さないため、全ての汎用体は明示的にインスタンス化することが必要である。この規則により以下のような結果が生じる。
C++のテンプレート→詳細は「テンプレート (プログラミング)」を参照
C++のテンプレートは関数テンプレート、クラステンプレートをサポートするほか、C++14では変数テンプレートもサポートするようになった。C++のテンプレートは特に静的なダック・タイピングを可能にする点で強力であり、JavaやC#のジェネリクスと比べて柔軟性が高い一方、テンプレート引数に関する制約条件を明示的にコード上で記述できないことからコンパイルエラーメッセージが難解になりやすい。テンプレートはC++言語仕様の複雑化の要因にもなっている。 C++のStandard Template Library (STL) はテンプレートによる汎用的なアルゴリズムとデータ構造を提供する。 D言語のテンプレートD言語はC++のものを発展させたテンプレートをサポートする。大半のC++テンプレートの表現はD言語でもそのまま利用できる。それに加え、D言語は一部の一般的なケースを合理化する機能をいくつか追加する。 最もはっきりとした違いは一部のシンタックスの変更である。D言語はテンプレートの定義で山形カッコ Static-ifD言語はコンパイル時に条件をチェックする template Factorial(ulong n) {
static if (n <= 1)
const Factorial = 1u;
else
const Factorial = n * Factorial!(n - 1);
}
エイリアスパラメーターD言語のテンプレートはまたエイリアスパラメーターを受け入れることができる。エイリアスパラメーターはC++の template wrapper(alias Fn) {
// "extern(C)"インターフェイスでD言語の関数をラップする
extern(C) void wrapper() {
Fn();
}
}
この種のテンプレートはC言語APIとD言語のコードを接続するときに使いやすいだろう。仮想のC言語APIが関数ポインタを要求する場合、このようにテンプレートを利用できる。 void foo() {
// ...
}
some_c_function(&wrapper!(foo));
Javaのジェネリクス2004年、J2SE 5.0の一部としてJavaにジェネリクスが追加された。C++のテンプレートとは違い、Javaコードのジェネリクスはジェネリッククラスの1つのコンパイルされたバージョンだけを生成する。ジェネリックJavaクラスは型パラメータとしてオブジェクト型だけを利用できる(基本型は許されない)。従って Javaではジェネリクスはコンパイル時に型の正しさをチェックする。そしてジェネリック型情報は型消去 (type erasure) と呼ばれるプロセスを通じて除去され、親クラスの型情報だけが保持される。例えば、 このプロセスの典型的な副作用はジェネリック型の情報を実行時に参照できないことである。従って、実行時には、 C++やC#のように、Javaはネストされたジェネリック型を定義できる。従って、例えば ワイルドカードJavaのジェネリック型パラメーターは特定のクラスに制限されない。与えられたジェネリックオブジェクトが持っているかもしれないパラメーターの型の境界を指定するためにJavaではワイルドカードを使用できる。例えば、 ジェネリック要素の制約を指定するために、ジェネリック型が境界クラスのサブクラス(クラスの拡張とインターフェイスの実装のいずれか)であることを示すキーワード ジェネリック要素の下限を指定するために、ジェネリック型が境界クラスのスーパークラスであることを示すキーワード 制約Javaのジェネリクスの実装上の制約により、配列のコンポーネントの型が何であるべきかを特定する方法がないために、ジェネリック型の配列を作成することは不可能である。従って HaskellのジェネリックプログラミングHaskell言語にはパラメータ化された型 (parameterized types)、パラメータ多相 (parametric polymorphism)、そしてJavaのジェネリクスやC++のテンプレートの両方に似たプログラミングのスタイルをサポートする型クラス (type classes) がある。Haskellプログラムではこれらの構文を様々なところで利用しており、避けることはかなり難しい。Haskellはまた、さらなるジェネリック性と、多態が提供する以上の再利用性を目指すようにプログラマーと言語開発者を奮起させる、さらに独特なジェネリックプログラミングの機能がある。 Haskellの6つの事前定義された型クラス(同一性を比較できる 例として、下記の二分木型の宣言はこれが data BinTree a = Leaf a | Node (BinTree a) a (Bintree a) deriving (Eq, Show)
PolyPPolyPはHaskellに対する最初のジェネリックプログラミング言語拡張であった。PolyPではジェネリック関数はpolytypicと呼ばれた。通常データ型のパターンファンクタの構造によって構造的な導出を通じて定義できるpolytypic関数のような特別な構文を言語に導入した。PolyPでの通常データ型はHaskellのデータ型のサブセットである。通常データ型tは* → *の種類でなければならず、もしaが定義における表面的な型の引数である場合は、tに対する全ての再帰呼び出しはt a形式でなければならない。これらの制約は、異なる形式の再帰呼び出しである入れ子のデータタイプと同様に、上位に種類付けされたデータ型を規定する。 PolyPの展開された関数はここに例として示される。 flatten :: Regular d => d a -> [a] flatten = cata fl polytypic fl :: f a [a] -> [a] case f of g+h -> either fl fl g*h -> \(x,y) -> fl x ++ fl y () -> \x -> [] Par -> \x -> [x] Rec -> \x -> x d@g -> concat . flatten . pmap fl Con t -> \x -> [] cata :: Regular d => (FunctorOf d a b -> b) -> d a -> b ジェネリックHaskellジェネリックHaskellはユトレヒト大学で開発されたHaskellのもう1つの拡張だ。この拡張は下記の特徴がある。
type-indexed valueの結果は任意の型に特殊化され得る。
ジェネリックHaskellの比較関数の一例として。 type Eq {[ * ]} t1 t2 = t1 -> t2 -> Bool type Eq {[ k -> l ]} t1 t2 = forall u1 u2. Eq {[ k ]} u1 u2 -> Eq {[ l ]} (t1 u1) (t2 u2) eq {| t :: k |} :: Eq {[ k ]} t t eq {| Unit |} _ _ = True eq {| :+: |} eqA eqB (Inl a1) (Inl a2) = eqA a1 a2 eq {| :+: |} eqA eqB (Inr b1) (Inr b2) = eqB b1 b2 eq {| :+: |} eqA eqB _ _ = False eq {| :*: |} eqA eqB (a1 :*: b1) (a2 :*: b2) = eqA a1 a2 && eqB b1 b2 eq {| Int |} = (==) eq {| Char |} = (==) eq {| Bool |} = (==) 「決まり文句を捨てる」アプローチ決まり文句を捨てるアプローチ (Scrap your boilerplate approach) は簡易的なジェネリックプログラミングのHaskellに対するアプローチである (Lämmel and Peyton Jones, 2003)。このアプローチはHaskellのGHC>=6.0の実装でサポートされる。このアプローチを使うことで、ジェネリックな読み込み、ジェネリックな明示、ジェネリックな比較(つまりgread、gshow、geq)と同様に、横断スキーム(例えばいつでもどこでも)のようなジェネリック関数をプログラマーは記述できる。このアプローチはタイプセーフなキャストとコンストラクタアプリケーションの実行のための一部の基本要素に基づいている。 C#と.NETのジェネリックプログラミングC#(およびその他の.NET言語)のジェネリクスは.NET Framework 2.0の一部として2005年11月に追加された。Javaと似てはいるが、.NETのジェネリクスは、コンパイラによるジェネリクス型から非ジェネリクス型へのコンバートとしてではなく、実行時に実装される。このことにより、ジェネリクス型に関するあらゆる情報はメタデータとして保存される。 .NETジェネリクスの機能
using System;
using System.Collections.Generic;
static int FirstIndexOfMax<T>(List<T> list) where T: IComparable<T>
{
if (list.Count == 0) {
return -1;
}
int index = -1;
for (int i = 0; i < list.Count; ++i) {
if ((index == -1 && list[i] != null) ||
(index >= 0 && list[index] != null && list[i] != null && list[index].CompareTo(list[i]) < 0)) {
index = i;
}
}
return index;
}
この例では C++/CLIは.NETのジェネリクスとC++のテンプレート両方をサポートする。ただしこれらの間に互換性はない。 その他の言語のジェネリックプログラミング機能数多くの関数型言語はパラメータ化された型 (parameterized types) とパラメータ多相 (parametric polymorphism) の形で小規模なジェネリックプログラミングをサポートする。さらに標準MLとOCamlはクラステンプレートとAdaのジェネリックパッケージに似たファンクタを提供する。 Verilogのモジュールは1つ以上のパラメタを取ることができる。パラメタの実際の値は、そのモジュールを実体化する際に与えられる。一例としてジェネリックなレジスタアレイがあり、アレイの幅がパラメタで与えられている。そのようなアレイをジェネリックなワイヤベクトルと組み合わせることにより、単一のモジュール実装を用いて任意のビット幅を持つジェネリックなバッファやメモリを作ることができる。[3] 脚注
関連項目 |