デレ・アリ
バミデレ・ジャーメイン・"デレ"・アリ(Bamidele Jermaine "Dele" Alli, 1996年4月11日 - )は、イングランド・バッキンガムシャー州ミルトン・キーンズ出身のサッカー選手。元イングランド代表。ポジションはミッドフィールダー。 生い立ちナイジェリア人の父親とイングランド人の母親の間に生まれる。父親はアリの誕生後すぐにアメリカ合衆国に移住し、残された母親とアリ含む4人の異父兄弟は貧しい生活を強いられた。家庭内には喧嘩が絶えず、母親がアルコール依存症に陥ると更に状況は悪化した。9歳で父親と共にナイジェリアに移住し、2年を過ごしたのちイングランドの母親のもとに戻ったが、変わらず生活は荒み、ほとんど家に帰らず悪童たちとつるんでいたという。彼の人生を変えたのはサッカーであった。[要出典]。 「6歳のときに、母親の友達に性的虐待を受けた。僕の母親はアルコール依存症だったのでよく家に来ていた人だった。その後、しつけのためにアフリカに送られ、その後また送り返されたりもした。7歳でタバコを吸い、8歳で麻薬の売買を始めた。年上の人から、自転車に乗った子供は止められないと言われていたから、サッカーボールを持って走り回り、ドラッグを手に入れたんだ」 「12歳で僕は養子縁組された。素晴らしい家族に養子縁組されたんだ。彼らより良い人たちの養子になることを望むことはできない。もし神が人を創造したとしたら、それは彼らだった。彼らは素晴らしかったし、僕をたくさん助けてくれた。僕が彼らと一緒に暮らし始めたとき、彼らにに心を開くのは本当に難しかった。でも、僕は彼らにとってできる限り最高の子供になろうと努力した。そこからすべてが始まったよ」[2] クラブ経歴MKドンズ2007年、地元のMKドンズのアカデミーに入団[3]し、13歳でチームメイトの両親の厚意で居候生活を始め親元を離れた。ユースチームで力を付けた後、2012-13シーズンに16歳でプロデビュー。10代ながらチームの中心選手として活躍するアリに、有力チームも注目するようになり、2015年2月にトッテナム・ホットスパーへの移籍が決定[4]するも、2014-15シーズンはローン移籍の形でMKドンズに残留。同シーズンは39試合に出場し16ゴールを決めるなど安定したプレーをみせ、フットボールリーグの最優秀若手選手に選出された[5]。 トッテナム・ホットスパー2015-16シーズン2015-16シーズンより正式にトッテナム・ホットスパーに加入。開幕戦のマンチェスター・ユナイテッド戦でプレミアリーグデビューを果たし、8月22日のレスター・シティ戦で、移籍後初ゴールを決めた[6]。19歳の選手とあって最初はそれほど重要な存在になるとは考えられていなかったが、マウリシオ・ポチェッティーノ監督が起用するとすぐに結果を残しレギュラーに定着した[7]。2016年1月には年俸が引き上げられた5年契約を締結し、ゴールデンボーイ2015候補者40名にも選出された[7][8]。 1月24日のプレミアリーグ第23節、クリスタル・パレス戦では1-1の同点で迎えた終了間際に、クリスティアン・エリクセンからパスを受け、巧みなコントロールでボールを浮かせて相手DFをかわし、ボレーシュートで決勝点を記録した(シーズン6得点目)。このゴールについてアリは「生まれながらの本能に従ったまでだよ。良いボールが来たので、1回タッチして、あとは蹴るだけだった。考える時間もなく、自然に体が動いたんだ。どうやって喜んだらいいかわからなかったよ!」とコメント、敵将のアラン・パーデュー監督は、「見ていて鳥肌が立った。そしてあまりにも美しいゴールに言葉が出なかった」と称賛した。他にもこのゴールは、ガレス・ベイルやグレン・ホドルにも絶賛された[9]。2015-16シーズン、リーグ戦では10得点11アシストを記録、プレミアリーグの年間ベスト11に選ばれた[10]。 2016-17シーズンユニホームの名前をそれまでのAlliからDeleに変更した。2017年1月4日、プレミアリーグ第20節の首位チェルシーFC戦で2得点をきめて勝利に貢献するなど、5試合で5ゴールを挙げ、2017年1月にはプレミアリーグ月間MVPを初めて受賞した[11]。4月9日のワトフォードFC戦では、シーズン16得点目となる鋭いカーブを掛けたシュートで先制点を決め、チームの勝利に貢献した[12]。2017年4月には活躍が認められ、2年連続でプレミアリーグの年間ベスト11に選出され[13]、2年連続のPFA最優秀若手選手賞も受賞した[14]。 2017-18シーズン開幕戦となったニューカッスル・ユナイテッド戦で、61分にクリスティアン・エリクセンのクロスから、シーズン初ゴールを決め、チームも2-0で勝利した[15]。10月22日のリヴァプールFC戦では前半終了間際に強烈なボレーシュートを決め勝利に貢献した[16]。11月1日、UEFAチャンピオンズリーググループH、ウェンブリー・スタジアムでのレアル・マドリード戦では、前半にキーラン・トリッピアーのクロスに合せて先制点を決めると、後半にも得点を決めて勝利に貢献、スパーズのCLグループステージ突破に貢献した[17][18]。12月26日のサウサンプトン戦では、ハリー・ケインの2ゴールをアシストし、ケインのプレミアリーグ年間最多ゴール数更新を助けた、またアリ自身もゴールを決め、この日1ゴール2アシストの活躍でチームの勝利に貢献した[19][20]。4月1日、チェルシー戦では後半2ゴールを決め、28年ぶりとなる敵地スタンフォード・ブリッジでの勝利に貢献した[21]。 2018-19シーズン開幕戦のニューカッスル戦では1-1の同点からヘディングで決勝点を挙げた。UEFAチャンピオンズリーグ準決勝アヤックスとの2ndレグでは0-3とリードされて迎えた54分、カウンターからルーカス・モウラの得点をアシストし、1点ビハインドで迎えた終了間際の95分にもワンタッチの柔らかいパスでルーカスの決勝点をアシスト。2アシストの活躍で劇的勝利に貢献し、トッテナムをクラブ史上初のチャンピオンズリーグ決勝に導いた[22]。しかし決勝のリヴァプール戦では精彩を欠き、0-2とチームは敗れ、戦犯の一人とされた[23]。 2019-20シーズン負傷で開幕3試合はベンチ外となり、リーグ第4節のアーセナル戦で60分からシーズン初出場を果たした。しかし、その後はベンチスタートが続き、第9節のワトフォード戦でシーズン初先発し初ゴールを決めた。ポチェッティーノ監督が解任され、新たに就任したジョゼ・モウリーニョ指揮下では、5試合で4ゴール3アシストを挙げ新監督のスタートダッシュに貢献した。 2020-21シーズンシーズン開幕戦のエヴァートンFC戦で前半終了後にベンチに下げられ、チームも0-1で敗戦した。これを機にモウリーニョとの不仲説が一気に浮上し、パリ・サンジェルマンFCやインテルナツィオナーレ・ミラノへの移籍の可能性が報じられた。[24]結局残留したもののモウリーニョに冷遇されリーグ戦15試合の出場に留まりUEFA EURO 2020のメンバーからも落選した。 2021-22シーズン不仲説が噂されたモウリーニョに代わってヌーノ・エスピーリト・サント監督が就任すると、シーズン開幕戦のマンチェスター・シティFC戦ではフル出場し、その後も序盤戦は定位置を確保した。しかし11月に同監督が解任されアントニオ・コンテが監督に就任すると、再び出場機会が減少したため退団を希望し、トッテナムも冬の移籍市場での放出を容認したとされた[25]。 エヴァートン移籍市場最終日の2022年1月31日、エヴァートンFCへの完全移籍が発表された。契約期間は2024年までの2年半。移籍金は最大で4000万ポンドになる[26]。しかしこのシーズンの出場は11試合(うち先発は1試合)に留まり無得点に終わった。2024年7月1日契約満了により退団した。 ベシクタシュJK2022-23シーズンも開幕から2試合の途中出場に留まる中、8月25日にトルコ・スュペル・リグのベシクタシュJKに買取オプション付きで期限付き移籍することが発表された[27]。 代表経歴2015年10月のUEFA EURO 2016予選にイングランド代表に初招集され、10月9日のエストニア戦で、フル代表デビューを果たした[28][29]。2015年11月17日のフランスとの親善試合で代表初得点を挙げた[30]。 2016年5月、UEFA EURO 2016に挑む23人の最終登録メンバーに選出された[31]。本大会ではグループリーグ初戦のロシア戦を含む3試合に先発出場し、ベスト8進出をかけたアイスランド戦では実力を垣間見せるハーフボレーシュートを放ったが、多くの場面では経験不足を露呈する結果となった[32]。 2018 FIFAワールドカップ、準々決勝のスウェーデン戦でイングランドの2点目となるゴールを決め、1990年イタリア大会以来であるイングランドのベスト4入りを助けた。 プレースタイル・評価ポジションはトップ下と、守備的MFを務めることが可能であり、トップ下で起用される際には巧みなボールコントロールや創造性を生かしストライカーのような働きを見せ、守備的MFで起用される際には走行距離こそ多くないが堅実なプレーを見せる[33]。得点力、チャンスメイク力共にトップレベルであり、ジャック・ウィルシャーの才能を凌いでいるとも言われる[34]。 イングランド代表監督のロイ・ホジソンはブライアン・ロブソンの再来と表現し[35][36]、アレックス・ファーガソンはポール・ガスコイン以来の才能であると評している[37]。 かつてイングランド代表やリヴァプールFCの主将として活躍したスティーブン・ジェラードはアリを評して、「今後10年、15年に渡ってリヴァプールで活躍できる選手だった。それくらいの能力は持っている。リヴァプールが彼と契約を結ばなかったことにがっかりしている。僕との契約が終わろうとしていたのだから、リヴァプールは彼の獲得に動くべきだった」とし、自分の後継者にはアリが理想的だったと述べている[38]。 アラン・パーデューはアリに決勝点を決められた際、「彼がボールを浮かせたとき、最悪の事態が頭をよぎった。あの場面は彼にとって素晴らしい瞬間だった。彼は偉大な才能を持っている」と称賛した[9]。 人物・エピソード
不祥事
個人成績クラブ
代表歴出場大会試合数
得点
タイトル個人
代表出場大会
脚注
外部リンク
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