上野和彦 (地理学者)上野 和彦(うえの かずひこ、1945年 - )は[1]、経済地理学を専門とする日本の地理学者[2]、東京学芸大学名誉教授[3]。主な研究テーマは、伝統的工芸品産業、地場産業、中国研究である[4]。 経歴茨城県生まれ[1][5]。少年期にはボーイスカウト運動に参加していた[2]。 1964年に宮城県仙台第二高等学校を卒業し、東京学芸大学学芸学部初等教育教員養成課程に入学、1968年に改組により教育学部となった同課程を卒業して大学院教育学研究科社会科教育専攻修士課程に進んだ[6]。 大学入学当初は、地形学に傾倒していたが、その後、経済地理学へ関心を移していった[7]。大学時代は、辻本芳郎らに師事した[8]。 1970年に修士課程を修了して、東京都の公立高等学校教諭となって東京都立荒川商業高等学校に勤務し、さらに1978年に東京都立深川高等学校に移った[6]。 大学在学中から高校教員になってからも、北村嘉行らを中心とした、東京学芸大学を拠点とする工業地理学の研究グループに深く関わった [9][10]。 1979年4月に深川高校を退職して、5月に東京学芸大学教育学部講師となり、1981年6月に助教授、1992年8月に教授へと昇任した[6]。 この間、1986年2月には「関東織物業における産地体系の再編成に関する地理学的研究」により、立正大学から文学博士を取得した[11]。 1988年、大学の改組によりアジア研究専攻を担当する教員となったことを契機として、中国の経済地理についての研究に向かうようになり、同年以降、中国訪問の機会を持つようになり、郷鎮企業などに注目した中国農村地域の工業化についての研究成果を挙げるようになった[12]。 また、東京学芸大学の学内役職としては、学長補佐室長、人文社会科学系学系長などを歴任し、2010年に定年退職を迎えた後も[6]、2010年代半ばまで特任教員・名誉教授として、大学に関わり続けた[13]。 荒川区との関わり上野は、様々な公的委員等を歴任したが、とりわけ都立高校教諭時代から縁があった荒川区との関わりは深かった。 1995年4月には、荒川区まちづくり公社理事長(2000年3月まで)となり、同年7月には荒川区教育委員会委員(2003年7月まで、この間、委員長も経験)にもなった[6]。また、1998年7月から1999年7月にかけては、荒川区基本構想審議会会長を務めた[6]。なお、2004年11月には、荒川区長選挙に立候補したが、落選している[6]。2004年12月には、荒川区から自治功労賞を贈られた[6]。 おもな著書単著編著
共編著
脚注
参考文献
外部リンク
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