後藤健生後藤 健生(ごとう たけお、1952年 - )は、日本のサッカージャーナリスト[1]。東京都出身。慶應義塾大学法学部大学院博士課程(政治学)修了[2]。国際サッカー歴史記録学会アジア地区代表委員、日本サッカーライターズ協議会理事、元関西大学客員教授[2]、元日本サッカー狂会常任幹事[1]。日本のサッカージャーナリストの先駆者の一人と称される[3]。 来歴1964年、小学6年生の時に東京オリンピックの学校動員で、ハンガリー五輪代表対モロッコ五輪代表を観戦[4]。以来、ジャンルを問わずサッカー観戦を続けており、2018年時点では約4400試合を観戦している[3]。中学時代はサッカー部に所属し(本人曰く新宿区で3チーム中3位)、高校時代はサッカー部がなかったため設立されたばかりの読売クラブに所属した[5]。 学生時代は有名なクイズマニアであり、初めて国外のサッカー試合を現地観戦したのも、1972年秋に「クイズグランプリ」(フジテレビ)で優勝した際の賞品(欧州旅行)を使ったものだった[6]。その際、他の参加者とは別行動を取り、ロンドンでアーセナルFC対マンチェスター・シティFC戦を観戦している[6]。 1974年、西ドイツで行われた1974 FIFAワールドカップを「一生に一度の経験」と思い、シベリア経由の格安ツアーを使って観戦[7]。4年後の1978 FIFAワールドカップも思わぬ形で大金を手にしたことから観戦することになったが、その元手になったのもクイズの賞金だった[8]。1977年にTBSテレビの「ベルトクイズQ&Q」に出演。勝ち抜き戦とミリオンステージを制して優勝賞金100万円を手にしたのち、その優勝者によって行われたグランドチャンピオン大会にも後日出演。同様に100万円を手にし、占めて200万円を稼ぎ、南米へのサッカー観戦旅行の費用に充てている[8][9]。 1976年、サッカー日本代表のサポーター組織「日本サッカー狂会」に入会[10]。後藤によれば以前から狂会の存在は知っていたが、入会が遅れた理由については「若輩者が入るには敷居が高いと感じていた」からとしている[10]。 1986年、メキシコで行われた1986 FIFAワールドカップでは国際サッカー連盟の取材許可証を取得してジャーナリストとして初観戦した[11]。日本サッカー界が「冬の時代」と呼ばれ、取材者が新聞社や専門誌の記者に限られていた時代にあって、富樫洋一や大住良之とともにフリーのサッカージャーナリストの草分けとなった[12]。 主な著書に日本サッカー史と代表の試合データを2冊にまとめた『日本サッカー史 日本代表の90年』[1]、スタジアムの歴史や背景をまとめた『国立競技場の100年 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』や『世界スタジアム物語 競技場の誕生と紡がれる記憶』などがある[2]。2014年、『国立競技場の100年 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』で2013年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した[13]。 トラブル
主な著書
脚注出典
参考文献
外部リンク
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