志村 ふくみ(しむら ふくみ、1924年(大正13年)9月30日 - )は、日本の染織家、紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)、随筆家。
草木染めの糸を使用した紬織の作品で知られる。
経歴
滋賀県近江八幡市生まれ[1]。1942年(昭和17年)文化学院卒業[1]。文化学院の1学年上級には女優の高峰秀子がいた。
31歳のとき、若い頃に柳宗悦の民芸運動に共鳴し、織物を習っていた母・小野豊の影響で織物を始める[1][2]。
1957年(昭和32年)の第4回日本伝統工芸展に初出品で入選し[1]、その後第5回で奨励賞[1]、第6回・第8回で文化財保護委員会委員長賞[1]、第7回で朝日新聞社賞と4度の受賞を重ね、特待者となった。随筆の名手としても知られ『一色一生』で第10回(1983年度)大佛次郎賞を受賞している[1]。1986年(昭和61年)紫綬褒章受章[1]。1990年(平成2年)に農村の手仕事だった紬織を「芸術の域に高めた」と評価され、紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)の保持者に認定された[1][3]。1993年(平成5年)文化功労者[1]、日本エッセイスト・クラブ賞受賞[1]。2015年(平成27年)文化勲章受章。
1968年から京都市右京区嵯峨野に工房を構えている[1]。
2013年(平成25年)4月に京都市左京区岡崎に芸術体験を通して学ぶ場として、娘で同じく染織作家の志村洋子[4]とともにArs Shimura(アルスシムラ)を設立[1][2]。教本として『伝書しむらのいろ』を刊行した。同5月には、GALLERY FUKUMI SHIMURAをオープンした。2015年(平成27年)4月、Ars Shimura(アルスシムラ)2校目として、嵯峨校を開校した。
門下に2010年に紋紗(もんしゃ)の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された土屋順紀がいる[5]。
受賞歴・栄誉等
- 染織家として
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- 随筆家として
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著書
- 『志村ふくみ作品集 1958〜1981』紫紅社 1981
- 『一色一生』求龍堂 1982、文春文庫 1987、講談社文芸文庫 1994
- 『語りかける花』人文書院 1992、ちくま文庫 2007
- 『織と文』求龍堂 1995
- 『母なる色』求龍堂 1999
- 『ちよう、はたり』筑摩書房 2003、ちくま文庫 2009
- 『篝火 続・織と文』求龍堂 2004
- 『小裂帖』筑摩書房 2007
- 『白夜に紡ぐ』人文書院 2009
- 『美紗姫物語』求龍堂 2011
- 『白のままでは生きられない―志村ふくみの言葉』求龍堂 2011
- 『晩禱 リルケを読む』人文書院、2012
- 『薔薇のことぶれ リルケ書簡』人文書院、2012
- 『伝書しむらのいろ』求龍堂 2013
- 『つむぎおり』求龍堂 2015、アルス(普及)版 2016
- 『いのちを織る』東京美術 2019 志村ふくみ展図録
- 『自選随筆集 野の果て』岩波書店 2023 解説志村昌司
共著
- 『一茎有情 対談と往復書簡』宇佐見英治 用美社 1984、ちくま文庫 2001
- 『色と糸と織と』写真井上隆雄、岩波書店〈岩波グラフィックス〉 1986
- 『母と子の織りの楽しみ』志村洋子 美術出版社 1993
- 『心葉 平安の美を語る』白畑よし 人文書院 1997
- 『たまゆらの道 正倉院からペルシャへ』志村洋子 世界文化社 2001
- 『いのちを纏う 色・織・きものの思想』鶴見和子 藤原書店 2006、新版2021
- 『しむらのいろ―志村ふくみ・志村洋子の染織』志村洋子 求龍堂 2009
- 『雪月花の日々 京都暮らし 春夏秋冬』志村洋子、中田昭 淡交社 2010
- 『遺言 対談と往復書簡』石牟礼道子 筑摩書房 2014
- 『緋の舟 往復書簡』若松英輔 求龍堂 2016
- 『夢もまた青し 志村の色と言葉』志村洋子、志村昌司 河出書房新社 2019
- 『志村ふくみ 染めと織り』古沢由紀子聞き書き・評伝 求龍堂 2021
- 『志村ふくみ 色なき色にすべての色がある 別冊太陽 日本のこころ』平凡社 2024。志村昌司監修、一〇〇歳記念出版
- 『人間国宝・志村ふくみ100歳記念 秋霞から野の果てまで』志村洋子 世界文化社 2025
出演
ドキュメンタリー
脚注
出典
外部リンク