脊髄梗塞脊髄梗塞(せきずいこうそく、Spinal cord infarction)とは脊髄の虚血性壊死である。全脳卒中の約1%を占める比較的まれな疾患である。 原因脊髄梗塞の原因としては以下のような疾患が知られている。脳梗塞と同様にアテローム硬化による脊髄動脈の閉塞も原因となるが大動脈解離、大動脈の手術に関連するものの方が多い。
脊髄の血管脊髄の血管として特に重要なのが1本の前脊髄動脈と2本の後脊髄動脈である。前脊髄動脈は発生過程では左右の分節動脈から各分節レベルで前神経根動脈が脊髄の腹側で上行枝と下行枝に分かれて分布する。それぞれ縦方向の吻合が形成されやがて腹側縦走動脈が2本形成され、それが正中で1本の縦走動脈となる。これが前脊髄動脈となる。多くの前神経根動脈はその後退縮する。その一方で後神経根動脈は前神経根動脈ほど退縮しない。前脊髄動脈は各分節レベルで両側に中心溝動脈と軟膜動脈叢への外側枝を分枝し、脊髄の腹側の2/3の主に遠心性に栄養する。中心溝動脈の頭尾方向の密度は出生児時は全脊髄で一定であるがその後胸髄が他の部位より成長するため中心溝動脈の密度が低くなる。このため胸髄は虚血に弱いとされている。前脊髄動脈も後脊髄動脈も両側の椎骨動脈からはじまり途中で肋間動脈や腰動脈などからの血流(脊髄枝)が加わる。この血管網は複雑で必ずしも頭側から尾側へ血流が流れているわけではない。前脊髄動脈は前正中裂を縦走するが後脊髄動脈は通常は2本の動脈とされるが、動脈叢と考えたほうがよい。前脊髄動脈の閉塞は脊髄梗塞にいたるが、後脊髄動脈は閉塞しても動脈叢が側副路となるため脊髄梗塞になりにくい。脊髄枝はほとんどは前根、後根、後根神経節のレベルで終わる。何本かの脊髄枝は前根、後根のどちらかに分布する分枝が特に発達して前脊髄動脈または後脊髄動脈に流入する。これを前根動脈、後根動脈という。腰髄に分布する1本の前根動脈が他の前根動脈より太くアダムキュービッツ動脈といわれる。アダムキュービッツ動脈は脊髄の下位半分の前脊髄動脈を栄養する動脈であり、T9とL1の間のレベルで(まれにL2とL3の間のレベルで)左側から分枝することが多い。 症候学脊髄血管障害という病態診断は症候学で比較的容易にできるとされている。 →詳細は「麻痺」を参照
代表的な脊髄症候群脊髄病変はその高位と横断面の広がりによって障害パターンが異なり、脊髄症候群としてまとめられている。一般論として運動感覚障害に加え、膀胱直腸障害を伴う場合は脊髄障害を疑う。対麻痺、四肢麻痺、高位(レベル)のある感覚障害は脊髄障害を示唆する。脊髄高位診断には髄節徴候 (segmental sign) を、横断面の局在診断には長経路徴候 (long tract sign) が有用である。髄節徴候としては分節性の運動麻痺、同分節の全感覚鈍麻、腱反射消失、筋萎縮、線維束攣縮が重要である。また長経路徴候としては痙縮や腱反射の亢進や病的反射が知られている。
脊髄症でよく用いられる解剖学
→詳細は「脊髄」を参照
脊椎と脊髄髄節の位置関係について述べる。脊椎と脊髄の成長には差がある。原則として脊髄よりも脊椎の方が成長が早い。そのため脊髄下端は出生時はL3椎体高位であるが成人時はL1椎体下端に位置する。このように脊髄の位置が変化したとしても神経根の通る椎間孔は不変である。脊髄髄節の局在に関しては諸説があり脊椎と脊髄の高位差に関しては1964年のDejongによるものと1979年のHaymakerのものが知られている。頚椎レベルでは脊椎、脊髄のレベルは脊髄レベルのほうが上位である。頚椎C7のレベルにC8頚髄がある。胸椎レベルでは胸椎Th10レベルに胸髄Th11と脊髄レベルのほうが下位となる。胸椎Th11レベルに腰髄L1からL3が存在する。脊髄円錐部(腰髄と仙髄)になるとズレはさらに大きくなる。脊髄円錐部は円錐上部と円錐部に分かれる。円錐上部は胸椎Th12に位置し脊髄L4からS2である。円錐部は腰椎L1に位置し腰髄S3以下である。S5以下に尾髄COがある。腰椎L2またはL3以下は馬尾となる。これらの原則は個人差が大きいので画像診断学での利用では注意が必要である。特に脊髄下端はL1/2とされるが実際にL1/2が下端となるのは30%程度である。
後頭部C2、拇指C6、中指C7、乳頭Th4、臍Th10、母趾L5、肛門S5のデルマトームが有名であり高位診断でよく用いられる。その有名なこととして、皮膚感覚は隣あう神経根による重複支配であるため、単一の神経根が障害された場合は感覚鈍麻は起こるが、感覚消失は通常生じない。単一の神経根が障害された場合は感覚鈍麻の範囲は皮膚分節より狭い。感覚消失や境界が明瞭な場合は末梢神経障害(ニューロパチー)の可能性が高い。触覚より痛覚の感覚鈍麻の方がデルマトームに一致しやすい。
ミオトームとは1本の前根により支配されている筋支配の単位である。1つの骨格筋は複数の神経根に支配されている。神経根病変と脊髄前角病変の麻痺筋による鑑別は困難である。末梢神経障害ではしばしば単一の筋に麻痺がみられるが、前角や神経根の障害では通常複数の筋に麻痺が起こる。 急性脊髄症脊髄は圧迫による障害を受けやすく、時間とともに不可逆な変化をきたす。急性脊髄圧迫の病因としては外傷、腫瘍(転移性脊椎腫瘍、特に前立腺癌の骨転移など)、血管障害(脊髄硬膜外血腫)や感染症(脊髄硬膜外膿瘍など)がある。圧迫性の脊髄障害は症状が下肢から上行性に進展するため、長経路徴候から疑われる病変高位よりも上位に実際の病変が認められることがある。これを偽性局在徴候という。髄節徴候や背部自発痛、叩打痛があれば病変高位の手がかりとなるが、それが乏しい場合は長経路徴候から推定される病変高位よりも上位の脊髄を含めて画像検査を行う。圧迫解除による脊髄機能の回復が期待できるgolden timeは8時間以内とされており、すみやかに外科的減圧処置の適応を検討する。脊髄ショック時は弛緩性麻痺と腱反射消失を呈することがあり、急性多発ニューロパチーとの鑑別が必要となる。 馬尾症候群脊髄下端は高位診断が困難なことが多い。それは椎体と脊髄の高位が異なるからである。脊髄円錐部は円錐上部と円錐部に分けられる。円錐上部第12胸椎に位置し、L4からS2髄節である。円錐部は第1腰椎に位置し、髄節はS3以下である。そして第2または第3腰椎以下が馬尾になる。これらは原則であり個体差は非常に大きい。脊髄下端はL1/2が最も多いとされているがそれでも30%に満たないのである。馬尾は脊髄円錐より下位(L2椎体以下)にある神経根の集まりで、L2以下の神経根が1本または複数障害される。したがって臨床症状は単神経根症状ないし複数の神経根症状(膀胱直腸障害、性腺機能障害)を呈する。この部位の病変では腰下肢部痛を訴えることが多い。SLR、FNSTなど誘発やでおおよその局在を決めていく。なお、バビンスキー反射の反射中枢はL4 - S1であり、膝蓋腱反射ではL2 - L4であり、アキレス腱反射ではS1 - S2と考える。
脊髄梗塞の病型→詳細は「脊髄損傷 § 損傷部位と障害」を参照
検査
診断脊髄梗塞の明確な診断基準は存在しない。比較的急速に脊髄の神経脱落症状をしめし、MRIで障害レベルの髄内に一致する部位に病巣が認め、可能な限り他疾患を除外できた場合に診断することが多い。他疾患の除外は脊髄炎の除外のための髄液検査や長期観察で再発が認められないことなどで行われることが多い。 治療抗血栓薬の投与や抗浮腫のためステロイドや高浸透圧利尿薬などの投与が行われる。 特徴的な脊髄梗塞
参考文献
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