鎌田翔雅
鎌田 翔雅(かまた しょうま、1989年6月15日[1] - )は、神奈川県茅ヶ崎市[2]出身の元サッカー選手[1]。ポジションはDF。 来歴2007年7月6日、2種登録選手として湘南ベルマーレに追加される[3]。 2010年1月5日、ジェフユナイテッド千葉へ期限付き移籍[4]。9月22日、アジア競技大会に臨むU-21日本代表に選出され[5]、初戦のU-21中国代表との試合で先発フル出場する[6]など、4試合に出場した。 2011年シーズンより湘南に復帰[7]。J2第21節・ジェフ千葉戦の前半17分、鎌田のアーリークロスを相手GKがファンブルし、前線に残っていた大井健太郎が先制点を奪った。大井はこの試合4日前に第一子が誕生しており、また湘南も7試合ぶりに勝利した[8][9]。 2012年シーズンは、J2リーグに40試合出場し、湘南の自動昇格に貢献。鎌田の出場時間はクラブ内第1位(3,447分)[10]。 2013年シーズンは、自身初のJ1リーグでプレー。J1第16節・ヴァンフォーレ甲府戦の後半32分、鎌田がゴール前に上げたクロスから岩上祐三の得点が決勝点となった[11]。湘南はこの試合の勝利でJ1通算100勝を達成[12]。 2014年1月7日、ファジアーノ岡山に期限付き移籍[13]。 2015年1月7日、清水エスパルスへ完全移籍[14]。5月15日、「左ひざ内側側副靭帯損傷」で全治まで約4週間と診断されたことが発表された[15]。J1-1stステージでは出場機会に恵まれなかった[16]が、2ndステージ第7節・アルビレックス新潟戦でフル出場すると、最終節まで11試合に出場。その内、第9節・FC東京戦を除いた10試合にフル出場した[17]。しかし、クラブは年間総合順位で17位となり、オリジナル10としてJリーグ創設以来24年間戦ったJ1リーグから初めて降格[18]。 2016年シーズンは、J2開幕戦から第7節・セレッソ大阪戦まで先発出場を続けていたが、同節で負傷退場[19]。4月12日、「左膝前十字靭帯損傷」で全治約6か月と診断されたことが発表された[20]。 2017年シーズンは、怪我から復帰し第2節・サンフレッチェ広島戦から出場を重ね、第8節・川崎フロンターレ戦では前半14分に鎌田のパスカットが起点となり、鄭大世からのグラウンダーのボールに合わせた金子翔太が先制点を挙げた。金子のゴールはJ1リーグ通算20,000得点目であり、チームメートと共に喜びを爆発させた[21]。J1第18節・ガンバ大阪戦で、プロ入り10年目・公式戦170試合目にして初得点を挙げる[22]など、主力として出場を重ねた。J1第33節・新潟戦の後半20分、北川航也と交代で途中出場したが、後半24分に足を負傷。ピッチ外で処置を受けた後にピッチに戻るが、後半30分に長谷川悠と途中交代[23]。12月9日、「右膝前十字靭帯損傷」で全治約7か月と診断されたことが発表された[24]。昨シーズンに続き、2年連続で長期離脱となった[25]。 2018年シーズンは、怪我の影響もあり公式戦の出場は無かった。12月29日、清水との契約を更新[26]。 2020年、ブラウブリッツ秋田へ完全移籍[27]。主力として活躍し、圧倒的な成績で、J3優勝達成。2020年12月4日、契約満了による退団が発表された[28]。 2021年3月24日、福島ユナイテッドFCへの加入が発表された[29]。 2022年、富山に完全移籍、キャッチコピーは「道を開けろ!俺が通るぞ!!」で、フェイスタオルの受注数1位を獲得した。 2023年1月9日、現役引退の発表が行われた[30]。 人物・エピソード
所属クラブ
個人成績
代表歴
脚注
関連項目
外部リンク
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