Microsoft Visual C++
Visual C++ (マイクロソフト ビジュアル シープラスプラス;マイクロソフト ヴィジュアル シープラスプラス)とはマイクロソフト製のC、C++、C++/CLI用統合開発環境 (IDE) であり、コンパイラやデバッガを含む。通称VCあるいはVC++、MSVCなど。前身はMicrosoft C/C++などがある。 概要事実上のWindowsの標準開発環境であり、その最適化性能は非常に高い。Visual C++ 7.1 (.NET 2003) からは標準C++規格への準拠度が大きく改善されている[1]。同じバージョンでもいくつかのエディションが存在し、以前は上位エディションしか最適化をサポートしていなかったが、Visual C++ 2005から基本的な最適化はExpressを含む全てのエディションにおいて行なえるようになった。ただし、2005で導入されたプロファイリングに基づく最適化 (Profile Guided Optimization, PGO) は上位エディションのみでサポートされている。 Visual C++ 2005以降はVisual BasicやVisual C#などの他の開発言語と統合されたVisual Studioのパッケージとして販売されている。Visual C++ .NET 2003までは言語別製品として販売されていたが、2005以降は行なわれていない。販売されているVisual Studioパッケージから機能を制限した無料版のVisual C++ Express Editionが入手できる。 "Visual"という名称が付けられているが、Visual Basicなどと違ってRADではなく、基本的にはWindows SDK (Windows API) やMFCを使用してコードベースのプログラムを作成することになる(ただしリソースエディタを用いることで、ダイアログウィンドウやメニューの外観デザインのみを視覚的に行うことは以前からできた)。MFCはC++専用クラスライブラリであり、アプリケーションフレームワークの役目も担っているが、基本的にWindows APIの薄いラッパーでしかないため、生産性の点でVisual BasicやDelphiのようなRADに及ばない。しかし、Visual C++ 7.0 (.NET 2002) 以降は、後述するマネージ拡張C++あるいはC++/CLIを使用してWindows Formsアプリケーション(もしくはWindows Formsコンポーネント)を開発する場合に限って、フォームエディタを始めとしたVisual C#やVB.NETのようなRAD環境を使用できる。また、Visual C++ 11.0 (2012) 以降は、後述するC++/CXを使用してWindowsストアアプリを開発する場合、XAMLエディタを始めとしたRAD環境を使用できる。 また、旧来のWin32/MFCアプリケーション(もしくはDLL)に共通言語基盤 (CLI) のサポートを追加することで、.NET Frameworkのクラスライブラリを併用するハイブリッド開発も行なえる。これにより、例えばVisual C#/VB.NETで.NET基本クラスライブラリを使って開発したロジックライブラリや、Windows Forms/WPFを使って開発したGUI部品を、Win32/MFCアプリケーションで利用する、という相互運用が(制約付きではあるが)可能となっている。 Visual C++ 8.0 (2005) 以降は64ビット命令の生成に対応している。付属するコンパイラには、コンパイラが動作する環境と同じネイティブコードを生成するものと、32bit (x86) 環境で動作して 64bit (x64またはIA-64) ネイティブコードを出力するもの (クロスコンパイラ) がある。32ビット (x86) 環境上であってもクロスコンパイルすることができる。Visual C++ 11.0 (2012) 以降はARMプロセッサ向けのコード生成にも対応している。Visual C++ 14.1 (2017) 以降では、ARM64アーキテクチャのネイティブアプリケーション開発にも対応した (Visual Studio 2017 v15.9以降が必要)[2]。 Windows用マルチメディアコンポーネントであるDirectXを使用してアプリケーション開発を行う場合に必要となるヘッダーファイルなどはWindows SDKに含まれているが、DirectX API は主にVisual C++シリーズで利用されることを前提に開発されているため、親和性が非常に高い。なお、Windows SDK 7.1までは最新のDirectX APIや各種ツール類を使用する場合は単独のDirectX SDK(単独の最終バージョンはJune 2010となっている)を別途インストールする必要があったが、Windows SDK 8.0以降は(D3DXライブラリなどの一部を除いて)最新のヘッダーおよびインポートライブラリファイルや各種ツール類がWindows SDKに含まれるようになった。 Visual Studio 2015では、AndroidおよびiOS向けのモバイルアプリケーションを開発できるようになった。ビルドシステムとしてMSBuildが使われるが、コンパイラはMSVCではなくClangが使われる。 言語Visual C++のコンパイラは、C, C++, C++/CLI, C++/CXのソースコードを入力に受け付ける。 C言語規格に関しては、Visual C++ 9.0 (2008) SP1の時点ではANSI C89 (ISO C90, ISO/IEC 9899:1990) 対応[3]であり、C99やC11には対応していない( C++言語規格に関しては、Visual C++ 9.0 (2008) SP1の時点でC++98 (ISO/IEC 14882:1998) 規格に対応している[7]。Visual C++ 10.0 (2010) では、auto、decltype、ラムダ式、rvalue reference(右辺値参照)、static_assert、nullptrなど、C++11規格で追加された機能を一部規格制定に先行して実装した[8]。Visual C++ 11.0 (2012) では、Strongly typed enums、Forward declared enums、Standard-layout and trivial types、Range-based for-loop などのC++11規格を実装した[9]。Visual C++ 12.0 (2013) では、Initializer lists、Alias templates、Delegating constructors、Raw string literals などのC++11規格を追加実装した[10]。Visual C++ 14.0 (2015) では、constexpr、Unicode string literalsなどのC++11規格を追加実装し、またBinary literalsなどのC++14規格を一部実装した[11]。Visual Studio 2017 15.0のVisual C++ 14.1 (2017) では、C++14規格の追加機能をすべてサポートしたが、C++11規格の一部がサポートされていない[12]。Visual Studio 2017 15.7においてC++17規格の追加機能をすべてサポートしたが、C++11規格のうちC99プリプロセッサ (N1653) がサポートされていない[13][14][15]。また、 主なコンパイラの拡張
主なライブラリの拡張
特に、Visual C++ 2005ではバッファオーバーフローやマルチスレッドでの安全性の向上のため、大幅なライブラリの拡張が行われた[31][32]。Cの関数にはstrcpyに対してstrcpy_sのように末尾に_sを追加した名称のものが該当し、その大半はISO Cの標準化委員会へTR 24731として提案されている。また、C++でも_sを付けたメンバ関数の追加(std::basic_istream::readに対して_Read_sのように)や範囲チェック付イテレータ[33]などの追加が行われている。 なお、Visual C++ 2008にService Pack 1 (SP1) を適用すると、C++0x TR1対応ライブラリや、MFCでのVisual Studio風スマートドッキングウィンドウおよびOffice 2007風リボンインターフェイス作成のための拡張パッケージ(MFC Feature Pack)が追加される[34]。また、Visual C++ 2010にSP1を適用すると、Direct2DやWindows Animation ManagerのMFC用ラッパークラスが追加される[35]。 マネージ拡張C++→詳細は「C++マネージ拡張」を参照
マネージ拡張C++ (Managed Extensions for C++、Managed C++) は.NET Frameworkに対応したアプリケーションを作成するため、C++を共通言語仕様CLSに準拠させるために独自の拡張を施したものであり[36]、Visual C++ .NET 2002以降に搭載されている。これに対し従来のC++をマネージ拡張C++と区別する際にはネイティブC++ (もしくはアンマネージC++) と呼ぶ[37]。1つのアプリケーション内にマネージ拡張C++とネイティブC++のコードを混在[38]させることも可能であり、従来のC++で書かれたコードを徐々に.NETへ移行したり、あるいは他の.NET言語からC++で作られたライブラリを使用したり、C++コードから.NET Frameworkのクラスライブラリを活用するなどといったこと(相互運用)を可能にしている(グルー言語)。後継となるC++/CLIの登場により、マネージ拡張C++の使用は推奨されなくなっている[39]。Visual C++ 2005-2013では、非推奨ではあるが互換性維持のため従来のマネージ拡張C++のソースコードもコンパイルオプション「/clr:oldSyntax」を指定することでコンパイルできる[40]が、Visual C++ 2015で廃止された。 C++/CLI→詳細は「C++/CLI」を参照
C++/CLIは(文法に不明瞭な部分のあった)マネージ拡張C++に代わる、CLSを満たすC++を基にしたプログラミング言語であり、Visual C++ 2005以降に搭載されている。なおC++/CLI環境では、従来のC++はアンマネージではなくネイティブと形容される。 C++/CX→詳細は「en:C++/CX」を参照
C++/CX (component extensions) は、Windowsストアアプリ (UWPアプリ) で使用されるWindowsランタイム (WinRT) ライブラリを効率よく利用するために、C++11規格をベースとして拡張されたプログラミング言語であり、Visual C++ 2012以降に搭載されている。なお、言語構文は前述のC++/CLIとよく似ているが、C++/CXはC++/CLIとは違ってマネージ言語ではなく、ネイティブ拡張である。そのため、従来のネイティブC/C++用コードやCRTライブラリはほぼそのまま利用できるが、.NET Frameworkを直接扱うことはできない。また、C++/CLIとは同一ソースコード内に共存できない。Windowsランタイムコンポーネント (.winmd) を通じてC#やVB.NETと相互運用することができる。 C++/WinRT→詳細は「en:C++/WinRT」を参照
Visual Studio 2015 Update 3以降では、C++/CX言語拡張を使わずに、C++/WinRTと呼ばれる拡張ライブラリを用いてUWPアプリを開発することも可能となっている[41]。C++/WinRTはC++17準拠コンパイラを必要とする[42]。 その他の機能・特徴32ビット/64ビット向けのVisual C++では、C/C++のlong double型は互換性のためだけに残されており、80ビットの拡張倍精度や128ビットの四倍精度をサポートしない[43]。 Visual C++ 2005以降は/archコンパイルオプションによって、コンパイラ(オプティマイザ)は必要に応じて浮動小数演算にFPUでなくSSE/SSE2を使ったコードを出力できるようになるが、x64のようにすべての浮動小数演算命令がSSE2になるとは限らない[44]。また、Visual C++ 2010以降はAVX命令の使用もサポートしている。Visual C++ 2013 Update 2以降はAVX2命令の使用もサポートしている[44]。 無料版Visual C++はエディションによってサポートする機能に違いがあるが、プログラミング初心者やアップグレード検討者向けに、Windows用クラスライブラリなどが付属しない無料版がマイクロソフトによって公開されている。無料版といえど、バージョンアップのたびに標準サポートされる機能が追加されており、VC 2005以降ではIDEのIntellisenseやデバッガなどの基本機能はStandardエディション以上の有料版と変わらず、簡単なアプリケーションやライブラリを作成するには必要十分といえる。なおExpressエディションの提供はバージョン2013までとなり、以降はCommunityエディションに統合される予定[45]だったが、その後撤回され、Visual Studio 2015においてもExpressエディションが提供されることになった[46]。
ほかにも、バージョン7.1までの Windows SDK (旧Platform SDK) とバージョン7.1までのWindows Driver KitにもVisual C++コンパイラが付属していた。 またバージョン10 1511のWindows Driver KitからはEnterprise Windows Driver Kitと呼ばれるコンパイラ等が付属するバージョンのWDKの配布が再開された。 Visual C++ Build Toolsは、ビルドサーバーや継続的インテグレーション (CI) 等、GUIを使用せずバッチ処理的にビルドを行う環境での使用を意図されたものである。統合開発環境を含む通常のVisual Studioを補完する製品という位置付けであり、Visual Studioの正規ユーザーが使用することが前提になっている。 製品バージョンと内部バージョンVisual C++の製品バージョンは、バージョン6.0までは内部バージョンと同じ番号が付けられていたが、2002以降は内部バージョンではなくリリース予定年を冠するようになった。なお、Visual C++にはコンパイラのバージョンを表す
ランタイムライブラリの互換性Visual C++ (以下VC) のCRT (C Runtime) ライブラリは、コンパイルオプションによって静的リンクあるいは動的リンクを選択することができる[68]。DLLおよびEXEにVCランタイムを動的リンクする場合、DLL/EXE自体のファイルサイズを削減できるなどのメリットがあるが、アプリケーションの実行にはVCバージョンごとのランタイムライブラリモジュールが実行環境に必要となる(例えばVC2010の場合は msvcr100.dll や msvcp100.dll など)。MFC/CLR/OpenMP/C++ AMPを利用して作成されたDLL/EXEの場合はさらにそれぞれのランタイムライブラリが必要となる。エンドユーザー環境向けにVCランタイムライブラリの再頒布可能 (redistributable) パッケージがインストーラー形式で提供されているが、このインストーラーにはデバッグバージョンのライブラリは含まれない。Windowsのバージョンによっては、特定のバージョンのVCランタイムのサブセットがシステムコンポーネントとしてプリインストールされている。 VCのランタイムライブラリは、バージョンごとにCRTオブジェクトのメモリ管理がなされていた。そのため、異なるバージョンのVC間でDLL境界を越えてCRTオブジェクトの寿命を管理することはできなかった。例えば古いバージョンのVCで作成されたDLL内でmalloc/newしたオブジェクトを、新しいバージョンのVCで作成されたアプリケーションでfree/deleteしたり、逆に新しいVCで作成されたDLL内でmalloc/newしたオブジェクトを、古いVCで作成されたアプリケーションでfree/deleteしたりすることは、ヒープ破壊などの実行時エラーや未定義動作を招く原因となる[69]。メモリの確保と解放はモジュールごとに閉じていなければならず、モジュール外に確保と解放の処理を公開するためにはDLL関数によるラッピングが必要となる。 VC2015ではUniversal CRTが導入され、またVC2017およびVC2019ではランタイムに破壊的変更がなくVC2015との互換性があるため、一定の条件が満たされればDLL境界を越えてCRTオブジェクトの寿命を管理することができる[70][71][72][73]。Windows 10の場合、Universal CRTはシステムコンポーネントとして標準インストールされているが、それよりも前のバージョンのWindowsではWindows Updateや再頒布可能パッケージによるシステムディレクトリへのインストール(集中配置)、あるいはアプリケーションごとのローカル配置などの手段を利用する必要がある[74][75][76][77][78][79]。 脚注
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