ケイ・グラントケイ グラント(Kei Grant、本名非公表、男性、1959年1月12日 - ) は、日本東京都練馬区田柄出身[1]のラジオDJ・ナレーター・司会者・歌手。最初期の大阪時代はSUPER MASA(スーパー・マサ)の芸名であった。 所属事務所はラララ株式会社。サディーカ、CPOや声優系の東京俳優生活協同組合(俳協)など複数の芸能事務所と業務提携している。 概要日本の民放FMラジオ黎明期から活動する日英バイリンガルDJの一人である。代表作はFNN「ニュースJAPAN」の英語タイトルコール、「日本レコード大賞」ナレーション、PRIDE・DREAMのリングアナウンサーなど。 来歴東京都練馬区田柄町(当時)育ち[1]。板橋区に跨る下赤塚駅界隈を「地元」と称している。現在も出身地に個人事務所を構え活動している。練馬区立田柄中学校・日本大学豊山高等学校・日本大学文理学部、アメリカ・カリフォルニア州ディアンザカレッジのディアンザ・SWIM CLUB。 米軍住宅と留学経験幼少期は近所にあった34thアメリカ合衆国空軍(米空軍)の家族宿舎地区「グラントハイツ」(現在の練馬区光が丘)に無断侵入して遊び、米国大衆文化に触れる[1]。「グラント」という名前はこの「グラントハイツ」に由来している。 水泳選手として活動していた17歳高校生の時に怪我をして引退。コーチになる。20歳の時から3年間、米国カリフォルニア州に水泳コーチとして留学し、英語(米語)を覚える。その後、水泳コーチ・ボディビルトレーナーとして活動を開始。1985年、テレビCMのナレーターとしてデビュー。 ラジオDJデビュー後1988年、その年に開局したJ-WAVEで深夜番組「Still Life」(スティルライフ)のナビゲーター(ナレーター)としてデビュー。翌1989年に開局したFM802において「OSAKAN HOT 100」のナビゲーター(DJ)を「SUPER MASA」の名義で務めるも過密スケジュールで体調を崩し、3年弱で降板。 1991年12月22日にJ-WAVE「Denka J-wave Trial」で現在の芸名に改める。 2000年からPRIDE、DREAMやハッスルなどの各種格闘技イベントでリングアナウンサーを務めた。リングアナウンサーの職は2015年12月29日のRIZINの旗揚げ大会「RIZIN SARABAの宴」をもって一旦離れることになった[2]。 2008年9月19日付のTBSアナウンサー(当時)の小林麻耶のブログによると、心臓の病気で都内の病院に入院しバチスタ手術を受け無事に成功。2008年12月30日の「第50回輝く!日本レコード大賞」、大晦日の格闘技「Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜」から完全な体調で復帰している。 歌手デビュー富士スピードウェイのイクラ'sAMERICAN Festivalにて、自ら作詞・作曲したオリジナル楽曲「星の輝く夜だから」を披露した。同年11月24日セカンドMaxiシングル「Baby YOU Babe」では英語歌詞で作詞・作曲を手がけるなど歌手活動も行っている。毎月1~2回のLIVE活動を自身のバンドKGB と共に行っている。特に横浜伊勢佐木の長者町FRIDAYには毎月出演している。2015年10月5日バンドとして初のアルバム「GRANT HEIGHTS‐虹色の街」をリリース。2016年2月14日にはMaxiカヴァーシングル「黄昏のビギン」をリリースしている。 人物特徴身長179cm 体重95kg。2008年の手術以降は若干痩せたものの大柄な体格で、サングラスをかけることが多い、強面の外見が特徴。1990年代は極端なモヒカン刈りだった。「ムーディーな声」と言われる低音、太めの渋い声を持つ。母語の日本語に加えて英語を話すことができ、英語タイトルコールの仕事も多い。落ち着いたナレーションからリングアナウンサーまで幅広く行っている。 外見がコング桑田に似ているため、関西ではコング桑田と間違われる事があった。本人同士はお互いを「兄弟」と呼び合っている。 嗜好グラントハイツや留学経験を通して1950 - 1960年代のアメリカ合衆国西海岸の大衆文化に興味を持ち、現在も趣味として1956年型シボレー・ベルエアやシボレー・アストロ、ハーレーダビッドソンを所有し、そのガレージは度々取材されている[1]。 アメリカ二世部隊「第442連隊戦闘団」に感銘をうけ、自身のオリジナルBRAND KG's442を展開しアパレルやレザーGOODSなどを手掛けている。 また、日本酒に造詣が深いという。 親族弟も地元田柄でスイミングクラブや飲食店を経営している。弟との関係は本人がブログなどで公表したり[3]、弟の飲食店を手伝っていたりする様子がネット上に散見される。 交友関係芸能・ラジオ・テレビ業界・格闘界などに幅広く交友関係を持つ。ウガンダ・トラの命日近くには、毎年石塚英彦、松村邦洋らと「カレー忌」を開催している。 流通評論家の金子哲雄の葬式では生前に本人から直接依頼され司会を担当。「友達の葬儀では泣きたいから引き受けられない」と一度は断ったと言う[4]。 テレンス・リーからは兄貴と慕われている。 麻生夏子のことを気に入っており、年内最終放送の「GRAND COUNTDOWN REAL」の放送後に、ケイのスタジオに、小島嵩弘と麻生夏子と三田寺理紗が来る[5]。 出演ネットラジオ
ラジオ
過去のラジオ
ほか テレビ
過去のテレビ
ほか 映画
リングアナ
ほか ゲーム
CMナレーションのみ
ほか 映画スポット
ほか テレビアニメ
その他
CD
関連項目
脚注
外部リンク
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