佐用町(さよちょう, さようちょう)は、兵庫県の南西部に位置し、佐用郡に属する町。人口は県内41自治体中第36位、面積は県内第10位。
本項では町制前の名称である佐用村(さよむら)についても述べる。
地理
中国山地の東端部に連なる西播磨山地があり、この山地を水源とする千種川水系が北から南に貫流し、全体的に平地の占める割合は少ない[1]。
出雲街道と因幡街道の交わる位置にあり、千種川水系の佐用川(さよがわ)沿いの盆地に町が形成されている。晩秋から冬にかけての早朝には、しばしば「佐用の朝霧」と呼ばれる霧が立ち込める。
佐用の気候
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月 |
1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
年
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降水量 mm (inch)
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48.3 (1.902)
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58.5 (2.303)
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96.8 (3.811)
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106.6 (4.197)
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137.1 (5.398)
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166.0 (6.535)
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215.3 (8.476)
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140.0 (5.512)
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184.6 (7.268)
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99.7 (3.925)
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59.0 (2.323)
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57.9 (2.28)
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1,369.8 (53.929)
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平均降水日数 (≥1.0 mm)
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7.7
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8.7
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10.5
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9.6
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9.9
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11.4
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11.6
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9.4
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10.1
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7.6
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6.5
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7.6
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110.5
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出典:気象庁
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隣接している自治体
歴史
古代の播磨国佐用郡の地。郡中心部の佐用町本位田甲には延喜式内社・佐用都比売賣(さよつひめ)神社が鎮座する。佐用都比売賣は『播磨国風土記』に登場する神で、別名・玉津日女命(たまつひめのみこと)と言う。玉津が兄である伊和大神(いわのおおかみ)と国の占有を巡って争った際に、鹿の腹を裂いてその血に種を撒き一夜で稲の苗を育て、その一夜苗を五月に植えたところ兄神が「五月夜に植えたな」と言ってその地から去ったことから、苗を植えた地域を「五月夜郡(さつきよのこおり)」と名付け、玉津日女も佐用都比売賣と名を変え農業の神として敬われるようになった[2][3]。『播磨国風土記』には佐用とは五月夜(さよ)の意であると説く。古書においては「さよ」は賛用、狭依、賛容などとも表記された[2]。
なお、佐用は元来「さよ」と読んでいたが、1955年(昭和30年)の合併時に「さよう」に読みを変更している。
- 1349年(南朝:正平4年、北朝:貞和5年) - 赤松氏一族の別所敦範が利神山に利神城を築く。
- 1600年(慶長5年) - 姫路藩主池田輝政の甥の由之により利神城に三層の天守閣と、平福の町並みの原型となる城下町の建設が開始される。
- 1609年(慶長14年) - 3万2千石に増加され、由之は備前国下津井城に転出する。
- 1615年(元和元年) - 輝政の6男池田輝興が兄で岡山藩主の忠継が死去したため、その遺領より佐用郡など2万5千石を分与されて、平福藩が立藩する。
- 1631年(寛永8年) - 赤穂藩主だった兄の政綱が継嗣無くして死去したために赤穂藩を嗣ぐこととなり、平福藩は廃藩となる。平福には旗本松平康朗が5千石で入り、明治までこの地を治める。
- その後山崎藩領、天領等を経る。
- 1697年(元禄10年) - 三日月藩(別名:乃井野藩)が立藩。1万5千石の城下町として森家9代174年の治世を行う。
- 1871年8月29日(明治4年7月14日) - 三日月藩を廃止して、三日月県が成立する。
- 1871年(明治4年)11月2日 - 姫路県(11月9日以降は飾磨県)に統合される。
- 1876年(明治9年) - 第2次府県統合により兵庫県の所属となる。
- 1964年(昭和39年)4月1日 - 初代の町章を制定する[4]。
- 1983年(昭和58年)
- 5月14日 - 文化センター完成。
- 6月1日 - 歯科保健センター開設。
- 1985年(昭和60年)7月22日 - 千種川が全国名水百選に選ばれる。
- 1988年(昭和63年)6月6日 - 瑠璃寺の不動明王坐像が国の重要文化財に指定される。
- 1990年(平成2年)- 兵庫県立西はりま天文台公園開園、および兵庫県立西はりま天文台開所。
- 1991年(平成3年)12月12日 - 瑠璃寺にジャンボ絵馬設置。
- 1997年(平成9年)10月 - SPring-8の供用開始。
- 2000年(平成12年)
- 6月6日 - 佐用郡合併協議会を設置。
- 1月31日 - 佐用郡合併協議会を解散。
- 7月1日 - 佐用町、上月町、南光町の3町による合併協議会が発足。
- 9月12日 - 南光町長選挙で山田兼三が7選。
- 10月12日 - 佐用郡4町の合併協議会が再発足する。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 2代目の町章を制定する[5]。
- 2009年(平成21年)8月9日 - 台風9号の影響により佐用川(さよがわ)が氾濫し、山崩れなどの被害を受け、20人の死者を出した[6][7]。
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初代の佐用町旗
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初代の佐用町章
-
2代目の佐用町旗
-
2代目の佐用町章
行政区域の変遷
行政
歴代町長
佐用町(3代目)(2005年(平成17年) - )
衆議院
経済
産業
- 第1次産業 549人(12.6%)
- 第2次産業 1,239人(28.4%)
- 第3次産業 2,577人(59.0%)
立地企業
- グローリープロダクツ株式会社
- 極東産機株式会社 三日月工場
- 井河原産業株式会社 佐用工場
- 神戸新聞社佐用支局
- 株式会社佐用精機製作所
金融
指定金融機関:兵庫西農業協同組合
地域
人口
2010年(平成22年)国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、8.28%減の19,273人であり、増減率は県下41市町中40位、49行政区域中48位。
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佐用町と全国の年齢別人口分布(2005年)
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佐用町の年齢・男女別人口分布(2005年)
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■紫色 ― 佐用町 ■緑色 ― 日本全国
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■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性
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佐用町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)
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26,410人
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1975年(昭和50年)
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25,600人
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1980年(昭和55年)
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24,874人
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1985年(昭和60年)
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24,516人
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1990年(平成2年)
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23,827人
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1995年(平成7年)
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23,341人
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2000年(平成12年)
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22,337人
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2005年(平成17年)
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21,012人
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2010年(平成22年)
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19,265人
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2015年(平成27年)
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17,510人
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2020年(令和2年)
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15,863人
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総務省統計局 国勢調査より
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2014年(平成26年)5月8日に「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」が発表した2040年人口推計結果で、20歳から39歳までの若年女性の減少率が2010年(平成22年)比で68.2%となり、「消滅可能性都市」の1つとされた[8]。
人口推移
緑色で示したものが、旧佐用町及び佐用町の人口
また、青色を加えたものが現在の町域の人口
括弧内の数字は合併前の佐用町の人口
(なお、人口は国勢調査による各年10月1日時点のものである)
<参考 - #行政区域の変遷(市制町村制施行以後)>
1940年(昭和15年)
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29,281 (3,894)
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1947年(昭和22年)
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38,253 (5,250)
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1950年(昭和25年)
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38,352 (4,949)
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1955年(昭和30年)
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35,664 (13,298)
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1960年(昭和35年)
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32,455 (12,191)
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1965年(昭和40年)
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28,921 (10,998)
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1970年(昭和45年)
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26,410 (10,135)
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1975年(昭和50年)
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25,600 (9,872)
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1980年(昭和55年)
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24,874 (9,717)
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1985年(昭和60年)
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24,516 (9,565)
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1990年(平成2年)
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23,827 (9,360)
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1995年(平成7年)
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23,341 (9,131)
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2000年(平成12年)
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22,337 (8,789)
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2005年(平成17年)
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21,012
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2010年(平成22年)
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19,273
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教育
2015年4月現在[9]
郵便局
- 集配郵便局
- 佐用郵便局 - 679-53xx(旧佐用町)、679-52xx(旧南光町)、679-55xx, 56xx(旧上月町)
- 三日月郵便局 - 679-51xx(旧三日月町、たつの市新宮町西栗栖地区)
- 無集配郵便局
- 平福郵便局
- 江川郵便局
- 石井郵便局
- 上月郵便局(2007年2月集配業務廃止)
- 幕山郵便局
- 久崎郵便局
- 南光郵便局(2007年2月集配業務廃止)
- 三河郵便局
- 末広郵便局
- 簡易郵便局
- 西徳久簡易郵便局
- 東三日月簡易郵便局
- 中安簡易郵便局
交通
鉄道路線
- 西日本旅客鉄道
- 智頭急行
一般路線バス
高速バス
道路
郵便番号
- 佐用郵便局 - 679-53xx、679-52xx、679-55xx、679-56xx
- 三日月郵便局 - 679-51xx
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
宿場・集落
社寺
城跡・陣屋
博物館・資料館
ホール
その他の施設
公園など
自然
塚・墓所
祭事・催し
著名な出身者
脚注
注釈
出典
関連項目
外部リンク
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