びわ湖浜大津駅(びわこはまおおつえき)は、滋賀県大津市浜大津一丁目にある、京阪電気鉄道の停留場。駅番号はOT12。
本項目では日本国有鉄道(官設鉄道)および江若鉄道に存在した浜大津駅(はまおおつえき)についても記述する。
利用可能な鉄道路線
歴史
元は官設鉄道の初代大津駅として開業した。その後関ケ原 - 馬場(現在の膳所駅)間(湖東線)の開業により支線の駅となる(後に大津線と制定)[5]。その後、石山坂本線の前身・大津電車軌道の開業に伴い国鉄は旅客営業をやめ、国鉄駅は貨物駅となった(貨物支線として東海道本線に編入。通称・浜大津線)[6]。
湖東線開業の頃より支線の末端部に「大津」を冠する駅が位置する事に異論を唱える声があり、大津商業会議所が国鉄に対して馬場駅を大津駅に、大津駅を三井寺駅に改称するように要望を出していた。これは大津線の貨物支線化後に実現したが、国鉄が命名したのは浜大津駅であった[7]。
1925年に江若鉄道[5]と京阪京津線が相次いで乗り入れ、駅の位置と構造はその後数度の変化を遂げる[8]。江若と国鉄の浜大津駅は1969年に廃止され、現在の京阪の浜大津駅は1981年にびわこ国体に絡む大津市の都市計画事業の一環として、石山坂本線の駅の北隣に当たる同駅の跡地に建設されたものである[9]。
以下の年表には国鉄時代を含めて記す。
年表
停留場構造
京阪電気鉄道 びわ湖浜大津駅
島式ホーム1面2線を持つ地上駅である。橋上駅舎を有する。改札口は1か所で自動化されている。PiTaPa・ICOCAは京津線[2]、石山坂本線両線で利用可能。
ホームとの段差は、京津線車両の場合はホームとほぼ同一面になっているのに対し、石山坂本線車両の場合はそれよりもやや高いため、若干の段差が生じてしまう[22]。駅員配置駅であるため、必要があれば駅員が折りたたみ式スロープを設置して乗降に対処する。
京津線の電車は2番線に到着後、石山寺方にある引き上げ線に入ってから折り返し、1番線に入線して再び御陵方へ向かう。京津線は当駅発車後すぐに90度のカーブを通過する[2][3]。
のりば
日本国有鉄道・江若鉄道 浜大津駅(廃止)
国鉄・江若鉄道の浜大津駅は京阪線より湖側にあった。膳所 - 浜大津間を三線軌条で京阪線と共用した線路は駅手前で湖側に分岐し、陸側に江若鉄道駅舎が、湖側に国鉄貨物駅の構内が広がっていた[25]。江若鉄道の旅客用ホームは1面1線のみで、残りの線路は入換線と貨物留置線である[26]。
膳所 - 浜大津駅 配線略図
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→ 近江今津 方面 |
凡例
出典:[25] |
停留場周辺
浜大津地区の交通の要衝となっている。琵琶湖寄りには大津港があり、そこから遊覧船が発着する。
バス路線
大津港側にバスターミナルがあり、下記の各路線が発着する。なお、停留所名は京阪バスと江若交通は「びわ湖浜大津」[29][30]、近江鉄道バスは「浜大津」となっている[31]。
びわ湖浜大津(近江鉄道バスは「浜大津」)
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乗り場
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運行事業者
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系統または路線名・行先
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備考
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1
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(降車専用)
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2
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江若交通
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102・103:堅田駅 125:比叡山坂本駅
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102:平日夕方以降に運行(102は県庁前始発、本数わずか) 125:日中時間帯に運行
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3
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102:県庁前 103・125:大津駅
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102:平日朝に運行(本数わずか) 125:日中時間帯に運行
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京阪バス
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66A:大津駅
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66A:平日2便、土曜・休日1便のみ運行
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近江鉄道バス
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湖岸線:石山駅 近江大橋線:草津駅西口
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湖岸線:平日のみ運行(湖岸道路経由) 近江大橋線:土曜・日曜・祝日の朝1便はイオンモール草津止り
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4
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鶴の里団地線:花屋敷池の里
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鶴の里地区の経路は午前・午後で多少異なる。
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5
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京阪バス
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66A:比叡平
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平日2便、土曜・休日1便のみ運行
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6
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(高速バス乗り場:使用停止)
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- 付記事項
- かつては滋賀交通(現:滋賀バス)の路線が乗り入れており、水口(水口町役場前)へ運行する路線の設定もあった[注釈 1]。他の各事業者も長距離路線を運行していたが、すべて廃止された。
- 京阪バスは過去に山科駅へ向かう路線バス(46号経路)や石山駅へ向かう路線バス(25号経路:湖岸道路経由、66号経路:国道経由)を運行していたが、山科駅発着は2006年7月1日のダイヤ改正で、国道経由石山駅発着(66号経路)は2020年12月7日[32]のダイヤ改正で、湖岸道路経由石山駅発着(25号経路)は2024年4月1日[33]のダイヤ改正でそれぞれ廃止された。なお、石山駅発着の路線バスは近江鉄道バスも運行しているが、国道経由は2021年9月のダイヤ改正で廃止となった[注釈 2]。
その他
- 第3回近畿の駅百選に選定された。
- 1981年の停留場の統合(移転改築)以前は頭端式の京津線ホームで石山寺方面に向けてスイッチバックする配線であったが、1950年代後半から60年代にかけてこの形に整備されたのは、国鉄(現・JR西日本)湖西線の建設計画がまだなかった時代に京津線と江若鉄道の直通運転を企図してのことで、狭軌・標準軌及び電化・非電化と環境の異なる路線を走破できる「軌間可変機構の気動車(いわゆるフリーゲージトレイン)」を開発して淀屋橋 - 近江今津間を直通する計画が立てられていた[34]。この時期の石山坂本線の浜大津駅は「浜大津(東口)」と表記されており、停留場構造は相対式ホーム2面2線で北側(上り線)ホームに駅舎があり、南側ホームと構内踏切で連絡されていた。京津線と石山寺方面との間を直通する電車は、上記の通り頭端式の京津線浜大津駅(現在明日都浜大津が建っている場所)でスイッチバックを行い、両駅に停車していた。そのため、京津線と坂本方面とを行き来するには、乗客が一度改札口から出る徒歩連絡の方法をとっていた(当駅より先の駅までの乗車券も、係員に一度提示する必要があった)[8]が、統合によりこの徒歩連絡は解消された[9]。その後湖西線が建設・開業し、江若鉄道線も廃止されて京阪本線・京津線と江若鉄道線の直通列車の設定の見込みがなくなったため、旅客の乗り換えの利便性という観点から停留所を統合することになり、1981年に現在地に移転のうえ停留所は統合された。また、開業当時は路面電車タイプの車両に対応した低床ホームだったが、四宮車庫の火災で低床車が激減したことを機に石山坂本線の車両を高床車に統一する方針が決まり、それに合わせてホームを完全に高床化するとともに[要出典]、京津線浜大津駅のターミナル化整備の一環として駅舎が設置された。
- 1981年の移転改築で配線が変わってスイッチバックが解消されることになり、そのままでは石山坂本線内で京津線車両の向きが逆になるため保守点検などで不都合が生じることになった。そこで錦織車庫に転車台を仮設して、同年5 - 6月にかけて1両ずつ方向転換させる作業が行われた[35][36]。
隣の停留場
- 京阪電気鉄道
- ▼石山坂本線
- 島ノ関駅 (OT11) - びわ湖浜大津駅 (OT12) - 三井寺駅 (OT13)
- かつては島ノ関駅との間に紺屋ヶ関駅と大橋堀駅が、三井寺駅との間に川口駅が存在した。
- ▲京津線
- 上栄町駅 (OT35) - びわ湖浜大津駅 (OT12)
- 1946年まで上栄町駅との間に札ノ辻駅が存在した。
かつて存在した路線
- 日本国有鉄道
- 東海道本線支線(浜大津線)
- 膳所駅 - 浜大津駅
- 江若鉄道
- 江若鉄道線
- (膳所駅 - )浜大津駅 - 三井寺下駅
脚注
注釈
- ^ 同事業者は特急(名神高速道路経由)と各停(国道1号経由)の2系統を運行していた。
- ^ 石山駅発着の路線バスは、近江鉄道バスが運行する湖岸道路経由の路線(湖岸線)のみ残存(前述)。
出典
参考文献
- 京都大学鉄道研究会「京阪大津線」『京都大学鉄道研究会雑誌』No.27、1996年3月20日。
- 大阪大学鉄道研究会「特集・京阪電気鉄道」『パンタグラフ』No.49、1995年秋。
- 鉄道ピクトリアル1991年12月増刊号『特集 京阪電気鉄道』
- 京阪電気鉄道開業100年記念誌『京阪百年のあゆみ』
- 駅置き月刊広報誌「くらしの中の京阪」1981年7月号
- 関西鉄道研究会 車両発達史シリーズ1『京阪電気鉄道』 1992年2月
- 京阪電気鉄道株式会社『街をつなぐ、心をむすぶ』2000年10月1日。
- 『京阪電鉄のひみつ』PHP研究所、2014年4月25日。ISBN 978-4-569-81827-6。
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
びわ湖浜大津駅に関連するカテゴリがあります。
外部リンク
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※: 廃止された駅 |