月 (松本清張)
『月』(つき)は、松本清張の短編小説。『別冊文藝春秋』1967年6月号に掲載され、同年8月に短編集『統監』収録の1作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行された。 あらすじ歴史学者の伊豆亨は、官学の大御所・谷岡冀山の世話で女子大の教師となるが、才能に乏しく、最も目立たない教授として地誌研究を続けていた。あるとき伊豆は、学生の答案の中から見事な筆蹟を見出す。それが青山綾子だった。伊豆は彼女に頼んで、清書や資料の引き写しをしてもらった。綾子の清書した中に「月」の字がいつも斜めになっているのが伊豆には気になった。綾子の書く斜めの月の字を見ていると、いつも心に落ち着かないものや不安を感じた。 一年ばかりして、綾子がふと言った言葉が、伊豆を『新釈武蔵地誌稿』の仕事に赴かせる。今まで荒涼とした伊豆の生涯の先に初めて一群の青い色が映じてきた。伊豆は休みの日には郊外の古い寺の所蔵文書を漁りに回るが、綾子を伴れて行くことが多かった。綾子は伊豆にとって掛替えのない助手になった。 綾子は大学を卒業し助手をつとめたのち、郷里の九州に帰った。その年の秋の終りに伊豆は結婚通知をもらった。綾子の身体が知らない男に蹂躙されているかと思うと伊豆は寝つかれなかった。空襲が激しくなったころ、思いがけなく九州から綾子の手紙が来た。夫とは離婚したから、自分の家に疎開してはどうかというのであった。 伊豆は九州北部の町に着き、二人の生活がはじまった。綾子は再婚の意志は無いと言った。伊豆は綾子がいつまで自分の傍に居てくれるだろうかと考えないわけにはゆかなかった。もはや、地誌の編纂は伊豆の学問的な意義から消えて、綾子との同棲が永つづきするための目的になっていた。 世の中が落ち着きを見せたころ東京の隆文社から『新釈武蔵地誌稿』の問い合せがあった。戦争中に中断した企画を続行したいというのであり、宮川という編集者が二人のもとを訪れる。伊豆はこれで経済的に救われて綾子との生活がもっと長く続けられると思った。が、どこかにこれが本物でないような危惧はつきまとった。 エピソード
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